アモルファス(ガラス)みたいなもんだろうか。
脚本というのは流れだ。
これは僕はいつも言っている。
一旦流れ出したら怒涛のように進み、
1度も停滞なく、
止まるのはラストシーンのみであるべきだ。
(いや、ラストシーンでは完全停止ではなく、
その先もあるだろう、と思えるのが理想だ)
脚本は動詞で捉えるべきとか、
起伏が大事とか、
目先を変えて退屈をかわすとか、
楽譜のようなテンポ感とか、
ターニングポイントで流れが変わるとか、
合流とか分離とか、
主流(メインプロット)や副流(サブプロット)とかは、
すべて脚本が流れであることを言っている。
ざっくり、川の流れのようなものだ。
淀まず、滔々と、時に暴れ、時に静かに、
そして満足のいく終着点へ。
それに身を任せる面白さが、
脚本の面白さである。
急流下りやジェットコースターなのだ。
だが、
それを外から見たら、
流れのような液体ではなく、
固体として見られるのだ。
動詞ではなく名詞であるようにだ。
急流のポイントポイントや繋ぎではなく、
「急流下り」のように認識される。
線ではなく点として、認識されるわけ。
中身は液体なのに、
見た目は固体である。
ガラスのようにだ。
流れるプールがあっても「プール」と呼ばれたり、
還流する水槽があっても「水族館」と呼ばれたりする。
せいぜい「ウォータースライダー」と、
erがつくレベルでしか認識されないのである。
つまり脚本とは感動er程度にしか、
認識されないということである。
で、
じゃあ外から見てどんな固体に見えてるか?
を考えなければならない。
あなたは液体を書いたのだが、
それってあとからみてどういう固体になるかな?
ってことだ。
あるいは、流れを経験する前に、
どんなことを期待させる固体か?ということだ。
ケーキは固体だが、甘いことを期待させる。
そういう感じ。
「魔女の宅急便」は、固体である。
でも急いで何かを届けることや、
大事な何かを届けることや、
大切な人に大切な何かを贈ることなどの、
流れを想像させる名詞で、
だから優れたタイトルだ。
刑事や医者や弁護士が映画の題材に選ばれやすいのは、
事件解決や治療など、
動詞を職業とする人々だからだ。
(あと社会的意義が強いため)
宅急便は届け屋、刑事は解決屋、
医者は治療屋、弁護士は弁護屋というわけだ。
erをつけてもいいし、動詞+屋とするとわかりやすくなる。
さて、何がいいたいかというと、
人の記憶や概念は名詞であり、
動詞ではない、といういつものことだ。
私たちの脳の中は、あらゆる名詞でできている。
名詞は変化せず、固定したままの状態である。
私たちは世界を、固定したままの状態として、
分類、認識している。
世界は名詞として彩られているのだ。
で。
あなたの作品も、
外から見たらたくさんのなかの名詞として認識される。
宮崎駿作品だけでも、
城、ナウシカ、ラピュタ、
トトロ、宅急便、豚と、
名詞だらけである。
もちろんそこには動的イメージもある程度付与されるものの、
記憶や概念としては、
城や宅急便や個人名といった、名詞なのだ。
あなたは、
名詞を提供して、動詞の本質を示さなければならない。
特攻野郎Aチームは、名詞に動的修飾をつけたものだ。
どんなに活躍しても、どんなに変化しても、
どんはテーマを語っても、Aチームという枠組みで認識される。
あなたはどのような名詞を、
世界の名詞だらけの中にそっと置くのだろう?
どうやってその名詞が、
世界の中で特別価値のあるものだと、
主張するのだろう?
まず滅多にない名詞は稀少性が高く、
目立ちやすい。
刑事なんてたくさんあるので、
刑事ものの中で目立つのは大変難しい。
(しかし一定の目立ち方をするので、
ジャンル映画になる)
城は絶妙な立ち位置だ。
城みんな好きだし。
あまりそれを題材にしたものはないし。
要塞や迷宮はあるが、城はなかったんじゃないか。
宅急便も、郵便配達や運び屋に比べて、
日常の少し大きなものを運ぶ、
という新しい視点だったから目立った。
そういう、
みんな好きだけどまだ描かれてない名詞を、
選ぶべきだと思う。
それはまだ(映画の)名詞リストに入ってないからだ。
大きすぎず(予算超過や話がグズグズになる)、
小さすぎず(ニッチすぎる)、
ちょうどいい名詞を発見したら、
新作ができるかもね。
サザンの「津波」は、
311で津波を体験する前に書かれたヒット曲で、
津波の恐ろしさをまだ皆が知らない頃の作品だ。
津波そのものが歌になることはなかったが、
「感情が津波のように押し寄せてくる」
という意味で津波を使ったことがなかったので、
津波という名詞はその歌の席になったわけ。
こんなふうにして、
あなたは、手垢のついてない、
おもしろげな名詞を持ってくる必要がある。
そうしたら、
あなたの作品は、
きらびやかな名詞群の中で、
一層目立つものになる。
「なにこれ?」になるからね。
きらびやかな中に、岩とか苔とかあったら目立つだろう。
だけどそれが面白いかはまた別だ。
「石」というタイトルの、
ほんとに石しか出てこない糞みたいな短編は見たことがあるが、
その逆張りは意味がないわけ。
目立つけど糞なんて最悪よね。
おもしろい名詞をもってくるか、
つまらない名詞の中に面白い再発見をもってくればよい。
あなたの作品は、
どのような名詞として認識されるだろう?
タイトルやログラインやキャッチコピーにあると、
いいかもしれない。
一つの名詞がベストだけど、
うんこvsしょんべんみたいな、
vsはギリ一つの名詞になりえるかもね。
(2つの中に共通点がある場合のみ。
宇宙vs猫は成立しなさそう。
宇宙猫は、だからシュール(=ナンセンス)でおもしろい。
だけど宇宙猫はキャラ=名詞でしかなく、
ストーリー=動詞を持たないよね)
パッケージは名詞。
中身は動詞。
そして見終えたら名詞に戻り、
名詞として流通する。
「いけちゃんとぼく」は、
「少年とお化けの作品」という名詞として流通して、
「成長したら消えるイマジナリーフレンド」という名詞としては流通しない。
概念が一段難しいからだ。
頭の悪い人でもおもしろそう、と思える名詞。
頭のいい人には、動詞を重ね合わせられる名詞。
それが揃い、かつ動詞の内容を名詞に象徴させられたとき、
うまくいくと思う。
「ゴジラ」は、怪獣であり、
怪獣が暴れる名詞であり、
人類の愚かさを描いた動詞ではないように、
流通する。
企画書はつまり、
その流通をコントロールするための、
名詞を提出するべきである。
2025年09月15日
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