2025年09月15日

作品の中は液体、外から見たら固体

アモルファス(ガラス)みたいなもんだろうか。


脚本というのは流れだ。
これは僕はいつも言っている。
一旦流れ出したら怒涛のように進み、
1度も停滞なく、
止まるのはラストシーンのみであるべきだ。
(いや、ラストシーンでは完全停止ではなく、
その先もあるだろう、と思えるのが理想だ)

脚本は動詞で捉えるべきとか、
起伏が大事とか、
目先を変えて退屈をかわすとか、
楽譜のようなテンポ感とか、
ターニングポイントで流れが変わるとか、
合流とか分離とか、
主流(メインプロット)や副流(サブプロット)とかは、
すべて脚本が流れであることを言っている。

ざっくり、川の流れのようなものだ。
淀まず、滔々と、時に暴れ、時に静かに、
そして満足のいく終着点へ。
それに身を任せる面白さが、
脚本の面白さである。
急流下りやジェットコースターなのだ。


だが、
それを外から見たら、
流れのような液体ではなく、
固体として見られるのだ。

動詞ではなく名詞であるようにだ。
急流のポイントポイントや繋ぎではなく、
「急流下り」のように認識される。
線ではなく点として、認識されるわけ。

中身は液体なのに、
見た目は固体である。
ガラスのようにだ。
流れるプールがあっても「プール」と呼ばれたり、
還流する水槽があっても「水族館」と呼ばれたりする。
せいぜい「ウォータースライダー」と、
erがつくレベルでしか認識されないのである。
つまり脚本とは感動er程度にしか、
認識されないということである。


で、
じゃあ外から見てどんな固体に見えてるか?
を考えなければならない。

あなたは液体を書いたのだが、
それってあとからみてどういう固体になるかな?
ってことだ。
あるいは、流れを経験する前に、
どんなことを期待させる固体か?ということだ。
ケーキは固体だが、甘いことを期待させる。
そういう感じ。


「魔女の宅急便」は、固体である。
でも急いで何かを届けることや、
大事な何かを届けることや、
大切な人に大切な何かを贈ることなどの、
流れを想像させる名詞で、
だから優れたタイトルだ。

刑事や医者や弁護士が映画の題材に選ばれやすいのは、
事件解決や治療など、
動詞を職業とする人々だからだ。
(あと社会的意義が強いため)

宅急便は届け屋、刑事は解決屋、
医者は治療屋、弁護士は弁護屋というわけだ。
erをつけてもいいし、動詞+屋とするとわかりやすくなる。


さて、何がいいたいかというと、
人の記憶や概念は名詞であり、
動詞ではない、といういつものことだ。

私たちの脳の中は、あらゆる名詞でできている。
名詞は変化せず、固定したままの状態である。

私たちは世界を、固定したままの状態として、
分類、認識している。
世界は名詞として彩られているのだ。

で。

あなたの作品も、
外から見たらたくさんのなかの名詞として認識される。

宮崎駿作品だけでも、
城、ナウシカ、ラピュタ、
トトロ、宅急便、豚と、
名詞だらけである。
もちろんそこには動的イメージもある程度付与されるものの、
記憶や概念としては、
城や宅急便や個人名といった、名詞なのだ。

あなたは、
名詞を提供して、動詞の本質を示さなければならない。

特攻野郎Aチームは、名詞に動的修飾をつけたものだ。
どんなに活躍しても、どんなに変化しても、
どんはテーマを語っても、Aチームという枠組みで認識される。



あなたはどのような名詞を、
世界の名詞だらけの中にそっと置くのだろう?

どうやってその名詞が、
世界の中で特別価値のあるものだと、
主張するのだろう?

まず滅多にない名詞は稀少性が高く、
目立ちやすい。
刑事なんてたくさんあるので、
刑事ものの中で目立つのは大変難しい。
(しかし一定の目立ち方をするので、
ジャンル映画になる)

城は絶妙な立ち位置だ。
城みんな好きだし。
あまりそれを題材にしたものはないし。
要塞や迷宮はあるが、城はなかったんじゃないか。

宅急便も、郵便配達や運び屋に比べて、
日常の少し大きなものを運ぶ、
という新しい視点だったから目立った。

そういう、
みんな好きだけどまだ描かれてない名詞を、
選ぶべきだと思う。

それはまだ(映画の)名詞リストに入ってないからだ。

大きすぎず(予算超過や話がグズグズになる)、
小さすぎず(ニッチすぎる)、
ちょうどいい名詞を発見したら、
新作ができるかもね。

サザンの「津波」は、
311で津波を体験する前に書かれたヒット曲で、
津波の恐ろしさをまだ皆が知らない頃の作品だ。
津波そのものが歌になることはなかったが、
「感情が津波のように押し寄せてくる」
という意味で津波を使ったことがなかったので、
津波という名詞はその歌の席になったわけ。


こんなふうにして、
あなたは、手垢のついてない、
おもしろげな名詞を持ってくる必要がある。

そうしたら、
あなたの作品は、
きらびやかな名詞群の中で、
一層目立つものになる。
「なにこれ?」になるからね。

きらびやかな中に、岩とか苔とかあったら目立つだろう。
だけどそれが面白いかはまた別だ。

「石」というタイトルの、
ほんとに石しか出てこない糞みたいな短編は見たことがあるが、
その逆張りは意味がないわけ。
目立つけど糞なんて最悪よね。

おもしろい名詞をもってくるか、
つまらない名詞の中に面白い再発見をもってくればよい。


あなたの作品は、
どのような名詞として認識されるだろう?
タイトルやログラインやキャッチコピーにあると、
いいかもしれない。

一つの名詞がベストだけど、
うんこvsしょんべんみたいな、
vsはギリ一つの名詞になりえるかもね。
(2つの中に共通点がある場合のみ。
宇宙vs猫は成立しなさそう。
宇宙猫は、だからシュール(=ナンセンス)でおもしろい。
だけど宇宙猫はキャラ=名詞でしかなく、
ストーリー=動詞を持たないよね)



パッケージは名詞。
中身は動詞。
そして見終えたら名詞に戻り、
名詞として流通する。

「いけちゃんとぼく」は、
「少年とお化けの作品」という名詞として流通して、
「成長したら消えるイマジナリーフレンド」という名詞としては流通しない。
概念が一段難しいからだ。

頭の悪い人でもおもしろそう、と思える名詞。
頭のいい人には、動詞を重ね合わせられる名詞。

それが揃い、かつ動詞の内容を名詞に象徴させられたとき、
うまくいくと思う。

「ゴジラ」は、怪獣であり、
怪獣が暴れる名詞であり、
人類の愚かさを描いた動詞ではないように、
流通する。


企画書はつまり、
その流通をコントロールするための、
名詞を提出するべきである。
posted by おおおかとしひこ at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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