世界をこのままにしたい、も含むとして。
あなたは世界を、
具体的にどう変えたいのか。
それを作品で表現するとしたらどうなるか?
今の世界、
最終の理想世界の、
まず2つを書こう。
そして、その変化を書いてみよう。
なぜ世界はそう変わるのか?
どれくらいの規模で、
どれくらいの時間をかけて変わるのだろうか?
たとえば、
「ある考えがインターネットで広まり、
5秒で世界人口全員の考え方が変わり、
世界は新しくなった」
でもよい。
実際には起きなさそうだが、
「起きるとしたら」を書くのがフィクションだ。
だとしたらそのリアリティを詰めるのである。
そこに本当らしさがなければ、
ただの妄想にすぎない。
それが作品として成立するには、
ほんとうにそうなるだろうなあ、
と思えることが必要だ。
物語は世界シミュレーションでもある。
精度の悪いシミュレーションでは意味がないのである。
あなたの発想が突飛であればあるほど、
その検証は綿密でなければならぬ。
「光速度不変を認めると、
光の速度に近づくほど時間の進み方が遅くなる」
という突拍子もないことを、
ローレンツ収縮方程式で示せるほどには、
アインシュタインは検証している。
フィクションなのでここまで厳密にやる必要はないが、
そう思える程度には綿密に世界の変わり方を、
想像していきたいものだ。
反対者はどういう行動を取る?
日和見主義者はいつ雪崩を打ってどっち側かにつく?
ブームは起こる?
裏切る人は出る?
どういう支配層がどういう徒党を組み直す?
(支配層とは、世界政府の規模から、
マスコミレベルから、街の警官レベルから、取引先のレベルから、
上司や先輩レベルから、親レベルの話まである)
少しの変わり方でいいから、
エネルギーをそんなに使わなくていいよ、
かどうかはわからない。
少しでもいいから習慣を変えて、
ダイエットできた人は少ないわけで、
そんなに世界は簡単には変わらない。
にも関わらず、
あなたの作品は、
世界が劇的に変わるべきなのだ。
リアリティのない変わり方は、
「○○は○○だったのだ!」
「そうだったのか!」
世界が変わる、
などだね。
「そんなわけないやろ」
「私はそうは思わない」
「間違っています」
などに対してどうするかが描けていないわけ。
まあ意図的無視をして省略する、
もあるけれど、
じゃあリアリティを保てるのはどの程度か、
をあなたは考えるべきであり、
それらは注意深く整えられてなければ、
首尾一貫性を保てないわけだ。
あなたは世界を変えたい。
リアルに変えられるなら政治家やインフルエンサーをやれば良い。
それが出来ないのなら、
物語の力で世界を変えるという手がある。
それが本当らしく、価値があるなら、
世界は勝手に変わる。
ただし物語によって人が動くのは、
理屈ではなく感情(感動)であることに注意されたい。
あなたは人を感動させ、号泣させ、爆笑させ、
心を燃焼させなければならない。
それが出来た分だけ、世界は変わるだろう。
2025年09月19日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

