経験則。
なんとなく、足し算で考えてしまうことがある。
あそこのシーンは良く書けていた、100点、
あのシーンはいまいちか、30点。
そんなものをシーンごとに足していって、
加点法、減点法をもって、
作品全体の点数が決まる感覚がある。
致命的なしょうもないシーンだったが、
まあそのあとで挽回しているから、
総合的にはなんとかなるだろう、などのように判断するわけだ。
もちろんすべて100点を取れれば問題ないが、
そんなわけにいかないため、
なんとなく、足し算で全体像を出そうとしてしまうのだろう。
でもストーリーのこのように認識することは、
僕は間違いなのではと思っている。
足し算で評価するのはあくまで書き手の気持ちや都合みたいな部分である。
シーンを足したり引いたりして全体を整える、
書き手としての都合みたいなものを感じる。
実際に観客の立場から見ているときは、
ストーリーって掛け算で評価していない?ってこと。
ある面白さに出会ったら、
それをどんどん増幅していってほしいと思う。
もしそれがあるシーンで台無しになったら、
回復不能のダメージになるよね。
それが最後まで回復しないまま終わることだって全然あるよね。
これって冷静な足し算なんじゃなくて、
気持ちの掛け算なんじゃない?ってことを言おうとしている。
つまり、前のシーンに影響されて今のシーンを評価してしまう、
独立ではなく従属として人は見ているということだ。
かりにスコア1を100点として考える。
0・8×1・2×1×0・5……
のように、観客の気持ちは推移するということだ。
まずいものがあったら、それまでのものが全部台無しになる。
貯金がある程度あったら一回のまずいのは許されるかもしれないが、
何回も失敗をしたら、最初のほうで出来が良くても、
散々なものだと思われるだろう、ということだ。
終わりよければすべてよし、という標語も、
ラストのほうで稼げば、掛け算で逆転できるぞ、
ということを言っているような気がする。
足し算だけで挽回できないから、
どんどん掛け算で増幅してしまえばよい、
というようなことだ。
テンポが速く、明るく、楽しいのがプラスで、
暗く、しっとりして、つらいのがマイナスではない。
プラスにはプラスの出来の良さというものがあり、
マイナスにはマイナスの出来の良さというものがある。
ストーリーというのはプラスシーンやマイナスシーンが、
互いに連続するものだから、
単にそれの出来の良さの掛け算になるだけだ、
ということだ。
同じ出来のシーンが続いたとしても、
それが似たようなシーンだったら飽きて、
掛け算の点数はどんどん減っていくだろう。
足し算ではない要素が、掛け算にはあるということだ。
つまり、観客は、
シーンごとに分解して考えない。
一連のつづきものとして見ている。
当たり前といえば当たり前なのだが、
その評価点は足し算ではなく掛け算で決まると思うわけ。
大きくこけると回復不能になるだろう。
面白いやつを書いたからしばらく貯金が出来たと思っても、
しょうもないものが連続するとすぐにだめになるだろう。
人間の気持ちは前との比較による掛け算になっていくということだ。
逆に。
どんどん面白くなっていくのは最高だ。
よいシーンが書けたら、その次はもっと面白くしよう。
同じ方向性で面白くしても意味がない。
ちがう方向性で面白くしたほうが、掛け算になる。
目先をどんどん変えて、かつ面白くしないと、
映画は面白くならないと思うわけさ。
2025年09月20日
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