2人だけのシーンをあまり書くべきではない、
とはよく言われるコツである。
ABの会話シーン、CDの会話シーン、FEの会話シーン、
などなどをつなげていくと、映画は動的魅力を失い、
どんどんつまらなくなっていく。
なんでかは置いといて、
こういう時に「一人増やす」と進行しやすくなるよ、
というコツ。
2人のみのシーンは、
「互いに分っていることは省略する」というルールがある。
二人が大阪人である場合、
阪神が最高で巨人はうんこであることは暗黙の了解であるわけ。
家庭の事情や仕事の何かなど、
互いがすでに知っていることはあえて話さないものだ。
だから説明台詞を差し込みにくいという欠点がある。
「君は大阪人だから、阪神ファンだね」なんてことを、
2人の会話でいちいち確認しないよね。
こういうときに3人目をその場にいることにすると、
その「互いの事情を知らない人」を現場に置くことができる。
「君は知らないかもしれないが、
我々は大阪人でね。ということは自動的に猛虎というわけだ」
などのように説明が可能になるわけだ。
お互いが離婚した前提で話している場面でも、
第三者がいることで、「最近離婚したんだけど」
なんてことを挟めるわけ。
こうした、説明のために第三者をその場に居合わせるようにすると、
分かりやすくつくることができる。
また、第三者を入れることの利点は、
二人の間だけになっている綱引きを、違う方向に引っ張れることだね。
AB間だけの綱引きだと、結論はAかBか、
その間のどこかでしかないんだけど、
Cがいることで、
結論はCよりのAとか、CよりのABの中間とか、
関係性が三角になって、
結論が別のところに行かせることができるわけ。
だから、ストーリーが転がしやすくなるわけだ。
ABが会って話をする以上、
どちらかにしかならない。
もちろんそうしたいときはそうするべきだけど、
そこに変化がほしいときは、
三人目、四人目を同席させるとよい。
わざわざ呼んだていでもいいし、
偶然居合わせたていでもよい。
好きなように、リアリティがあるレベルでそこにいればよいだけだ。
2人のシーンを連発すると、
要するに二者の綱引きばかりを見させられることになる。
見ている方としては退屈なわけ。
どっちかが勝つことばかり見させられることになるわけで。
ストーリーがどこへ転がるか分からないから、
ストーリーは面白いのだ。
もちろん、AかBか、という大一番のときは、
ABの一騎打ちがいいと思う。
(そればかりやってたら、シーンで2人しか出ていないなら、
ここは大一番だなと構えられてしまうから、
それも変形するべきだろう)
3人目がいたとしても、
ほとんどしゃべらず、
シーンの決定には影響を及ぼさない場合もある。
それはそれで「社会」で言ったよ、
つまり2人の密室で決めたことではないよ、
として進行することが可能だろう。
2人シーンしか書けない人は、
個人と秘密と社会が、ごっちゃになっている人だろう。
3人目をそこに置くことで、
社会を描く練習をすることだ。
それをデフォルトにしたときに、
初めて2人のシーンが輝くと思うよ。
たとえばベッドシーンや喧嘩のシーンだ。
2025年09月24日
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