2025年06月19日

サプライズニンジャ理論2

なぜサプライズニンジャは「おもしろい」のか?
を考えよう。


脈絡もなく出てきたカッコいいヒーロー。
脈絡もなく大立ち回り。
ぶった切る。落ちる。飛ぶ。血が吹き出す。
いっときの静寂が訪れて、敵は全滅している。

なぜこれを面白いと思ってしまうのか?だ。
これとストーリーの面白さと、
何が違うのか?だ。


サプライズニンジャの面白さは、
ストーリーの面白さではない。
刺激の面白さである。

ここの脚本理論的には、
点の面白さであり、
線の面白さではないということだ。


点の面白さ、刺激とは、
「条件反射でそれさえあれば良いと思うもの」
全部かな。

エロ、グロ、バイオレンス。
人がうまそうに飯を食うシーン。
スピードがある迫力のあるシーン。
チェイス。殴り合い。爆発。
パンチラ。ブラ透け。セックス。シャワーシーン。
高いところのスリル。刃物を向けた怖さ。
暑いところに水やビールを飲むシーン。炭酸シュワー。
肉が焼けてるカット。
ダンス。歌。手品。芸。
カッコいいメカ。女子高生。
変身シーン。変形合体シーン。
流血。汗。体液。
ふわふわしたもの。ゴツゴツしたもの。
厨二的シーン。かわいい動物。きらきらしたもの。

つまり我々が「動物として反応しそうなもの」は、
たいてい刺激である。

いくつかはサービスショットといわれたり、
CMで繰り返し使われるシーンである。
刺激で人を喜ばせるわけだね。
(CMでは昔から3B=baby, beauty, beast、
つまり赤ちゃんや子供、美女や絶景、そして動物が、
三大人目を引くものとして知られている)

たとえば空中戦闘シーンなんかは、
高いところの刺激や3D回転の刺激や、
戦闘シーンの刺激など、複合的な刺激が強めの、
たいへん楽しいシーンである。
だからトップガンはたのしいのだ。
(戦闘後、艦橋近くを飛び、船長がコーヒーを噴くシーンもある。
飲み物刺激もついてくるわけ。
ついでに肉まで食えば満貫では)


つまりサプライズニンジャは、
サプライズパンチラと同じ質をもっている。



ストーリーが娯楽であり、
見世物である以上、これらを提供するべきだ。

アクション映画はアクションが刺激物だし、
人間ドラマは感情の吐き出し合いが刺激物だし、
ホラーは恐怖が刺激物だし、
ラブコメは笑いとラブが刺激物だ。

だけどストーリーの面白さは、
この刺激物とは異なるものである。

映画の構造は、
ストーリーの面白さのピークに、
刺激のピークを持ってくることに面白みがある。

だから最も大事な、
ストーリーの意味を決するクライマックスは、
アクション多めになるわけだ。

オープニングが刺激的なシーンから入るのは、
ストーリーを立ちあげるよりも、
刺激で目を引いたほうが速いからだ。

(だから、オープニングが刺激だけで、
ストーリーを全く立ち上げてないクソシナリオでは、
オープニングが終わった瞬間、
眠気が襲ってくるまである。
実写版「ガッチャマン」、映画版「鈍獣」がそうだ)


そして刺激物は刺激物なので、
短時間で効果が尽きる。
2時間持つ刺激などない。
好きな歌手のライブなら何時間でもいけても、
初見の曲ばかり2時間は無理だろう。
CMが刺激物ばかり使うのは、15秒だからだ。
あるいはtiktokやショート動画は、
基本的に刺激物のみで構成されている。

だがこれは5分10分もたない。

だから、ストーリーの面白さが必要なのだ。


じゃあ、ストーリーの面白さって何?
問題と解決である。



ストーリーとは、ある問題が起こって、
それが一件落着するまでをいう。

そして、
その問題に興味が持てなければ、
それはサプライズニンジャやサプライズセックスに負けるわけ。

あるいは、
その解決が満足しなければ、
サプライズホラーやサプライズ焼肉に負けるわけ。

途中のダレた展開は、
サプライズミュージカルやサプライズアクションに負けるわけ。
(こういうのはとても多いが)

感情移入できなければ刺激に負けるし、
それらの騒動にどういう意味があったのか
(テーマ)に納得しなければ、
刺激に負けるわけだ。


逆に、
こうしたストーリーの面白ささえあれば、
刺激がなくても面白くなるはずだ。

極論、ストーリーさえ面白ければ、
最後はじゃんけんであったとしても話は盛り上がるはずである。
大掛かりで予算のかかるしつらえは、
不要まである。

実際、
派手なオペラや音楽で刺激成分の強い、
「アマデウス」のクライマックスは、
ベッド際で楽譜を書くだけであった。
点の面白さと、線の面白さが、
絶妙にコントロールされていたわけだ。



では、
まず点の面白さをつくり、
そのあと線で繋げばいいのだろうか?

それとも、
線の面白さをつくり、
ところどころ点の面白さに化けさせればいいのか?

僕は後者だと思う。
なぜなら点の面白さのほうが作るのは簡単だからだ。
それに、点の面白さは入れ替え可能でもある。
ジャンプして飛び降りる刺激は、
暴走して壁に激突しそうな刺激に置換えもできる。


点を先につくっておき、
「あとは線で埋めれば良い」となると、
それよりもっと大変な線をつくるのに、
その何十倍の労力がかかるため、
途中で萎えてしまうことが多いだろう。

先に線をつくり、
それが真におもしろいまで作れれば、
あとはじゃんけん部分を刺激強めにする、
というのは労力的に楽勝だ。
(それは監督が足す部分でもある)


シナリオで大事なのは中身であってガワではない、
というのは、
線の面白さは、シナリオ段階でしか作れないからだ。
ガワはあとでなんとでも書き換えられるよ。
線をつくるのに比べればね。


というわけで、
初心者ほど、サプライズニンジャの面白さに、
負けがちということになる。
安易に流れるということだ。

突然の忍者に負けずに、
おもしろく繋がる線をつくり、
できたあとで忍者を足せば良い。

刺激物はあくまでスパイスである。
本体ではない。


前にも書いたけれど、
僕がビデオデッキを高校の頃に手に入れて、
二台つなげばダビングできることを知り、
ジャッキー・チェンのカンフー映画の、
カンフーシーンだけを繋いだビデオをつくったことがある。

出来上がる前の、「さぞカンフーだらけで楽しいんだろうなー」
という思いは、数シーンバトルを見ただけで飽きる、
という発見に打ち砕かれたのよね。
刺激は飽きる。だから別の刺激を求めるのが人間だ。
もっても15分が限界だね。

AVですら、同じプレイにならないように、
刺激を変えてくる。
ストーリーやインタビューを飛ばすほどには、
我々は刺激物を求めてしまうが、
抜いてしまえばもう刺激はいらないわけ。
そして同じシーンをもう一度見ることもないと思う。

ストーリーも刺激の一種である、
と考えてもよい。
ただしストーリーとは何度味わっても味がする、
素晴らしいスルメになるべきなのだ。

サプライズニンジャに負けないほどの、
線としての、塊としての、2時間身を浸す価値のある、
醍醐味をつくらなければならない。
posted by おおおかとしひこ at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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