縦軸=事件から解決まで
横軸=人間関係とその変化
と考えると、分かりやすくなると思う。
縦軸は、おもしろそうな事件が起こって、
それを解決しようとして、
色々行動して、
障害にぶち当たり、
迂回したり乗り越えたりして、
なんとかして解決にたどり着く、
紆余曲折や七転八倒の面白さである。
メインプロットの面白さであるといえる。
横軸は、人間関係を描く。
この人はこの人が好き、嫌い、
仲間と思っている、敵視している、無視している。
許せないと思っている。許してもいいと思っている。
認めている。認めるものか。
身内、外の人。
色々なファクターがあろう。
感情や立場でいろいろ変わってくる。
そしてそれらが移動する。
出来事によってだ。
最初はこうだったものが、
ある出来事の成功や失敗によって、
気持ちや関係性が変化していくわけだ。
出来事とは、メインプロットによってだ。
あることをやらないといけなくなったため、
それらの人々と関わっているうちに、
本当の姿が見えたり、
色々なことがあったゆえに、
感情が変化するはずだ。
裏切りや離婚や殺し、合流や結婚や誕生も、
あるに違いない。
その変転が、ストーリーのもう一つの軸だ。
そして、それらが混然一体となったものが、
全体の脚本であるわけ。
つまり、事件と解決を追いかけるだけだと、
脚本にはならないし、
人間関係の状態やその変化だけを追いかけていても、
脚本にはならないわけだ。
つまり、ある人間関係という初期設定があり、
そこに事件が起きて、解決しなければならなくなり、
その過程の行動において、
人間関係や感情が変化して、
それが何度もあって、
最終的に問題は解決して、
人間関係が最初とは全然違っているものになっている、
というのが脚本である、
といえるわけだ。
そして、俯瞰してそれを見たときに、
こういうことを言いたいからこれがあるのだな、
とテーマが間接的にわかるものが、
映画的なストーリーということになる。
事件解決の記録だけでは映画ではない。
人間関係の変化だけでも映画ではない。
事件が解決して人間関係が変化しても、映画ではない。
それがテーマを暗示している、
という風にならないと、映画じゃない、ということなのだ。
全体を俯瞰するとき、
あるいは白紙に何かを生み出すときに、
何が足りないのか?弱いのか?
あるいは何かの要素が強すぎるのか?
などをあぶりだすために利用されたい。
2025年09月30日
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