2025年10月08日

映画では救急車は通らない

一日中同じところで撮影してるとわかるけど、
救急車って結構走ってる。
1日3〜4回はサイレンを鳴らしてどこかを走ってるものだ。
その度に撮影は一時中断される。
サイレンがセリフにかぶるからね。

つまり映画には、「救急車が遠くを走ってる」
という現実が反映されることはない。


つまり映画とは、
「選択された現実」
「切り取られた現実」
しか映っていない。

当たり前だといえば当たり前なのだが、
真のリアリティを考えれば、
それはつまり嘘なのだよね。

重要な場面や、日常会話で、
救急車の音が鳴り、
邪魔という程ではないけど、
話が進行する、
ということは、
日常ではあり得るが、映画ではありえない。

そうしたノイズは丁寧に除かれる。


なんでこんなことにふと気づいたかというと、
AVのプレイ中後ろで救急車が鳴ってたから。
カメラ止めずにそのままやっちゃったんだなー、
って思った。

リアルだけど、邪魔よね。


そうしたノイズは、
我々は現実ではないものとして進行するけど、
フィクションでは邪魔でしょうがない。

ためしに部屋のシーンで、
時々遠くに救急車の音が鳴ってるのを想像したまえ。
わかるけど邪魔だと思うだろう。

飛行機の音や原チャリの音なども結構鳴ってるが、
それもないものとして進めてるよね。

朝チュンは記号としてわざと使うよね。



もちろん、それを意図的に使う場合もあるよ?
チェイスの途中にたまたま救急車がいて、
道を譲らなければならなくなるとかね。
でも意図のないものは、映画には入れないんだ。

それだけ、フィクションというのは、
「意図したもの」しか入ってないのよ。
posted by おおおかとしひこ at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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