一日中同じところで撮影してるとわかるけど、
救急車って結構走ってる。
1日3〜4回はサイレンを鳴らしてどこかを走ってるものだ。
その度に撮影は一時中断される。
サイレンがセリフにかぶるからね。
つまり映画には、「救急車が遠くを走ってる」
という現実が反映されることはない。
つまり映画とは、
「選択された現実」
「切り取られた現実」
しか映っていない。
当たり前だといえば当たり前なのだが、
真のリアリティを考えれば、
それはつまり嘘なのだよね。
重要な場面や、日常会話で、
救急車の音が鳴り、
邪魔という程ではないけど、
話が進行する、
ということは、
日常ではあり得るが、映画ではありえない。
そうしたノイズは丁寧に除かれる。
なんでこんなことにふと気づいたかというと、
AVのプレイ中後ろで救急車が鳴ってたから。
カメラ止めずにそのままやっちゃったんだなー、
って思った。
リアルだけど、邪魔よね。
そうしたノイズは、
我々は現実ではないものとして進行するけど、
フィクションでは邪魔でしょうがない。
ためしに部屋のシーンで、
時々遠くに救急車の音が鳴ってるのを想像したまえ。
わかるけど邪魔だと思うだろう。
飛行機の音や原チャリの音なども結構鳴ってるが、
それもないものとして進めてるよね。
朝チュンは記号としてわざと使うよね。
もちろん、それを意図的に使う場合もあるよ?
チェイスの途中にたまたま救急車がいて、
道を譲らなければならなくなるとかね。
でも意図のないものは、映画には入れないんだ。
それだけ、フィクションというのは、
「意図したもの」しか入ってないのよ。
2025年10月08日
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