2025年07月13日

阿呆は議題を一つしか考えられない

複数の問題が絡み合って存在するのを理解できない人多いよね。

Twitterから。
> いじめの話で「いじめられる側にも問題がある」って人が良く散見されるけど
「いじめられる側にも問題がある」と「いじめる側はゴミカス」は矛盾せずに存在できるので結論としては「いじめは良くないから止めよう」が正解です

いじめられる側にも問題はあるよ。
弱そうな奴だからね。虚勢を張れない奴は問題なわけ。
じゃあ「問題のあるやつをいじめるのは悪か」も、
問題として出るわけさ。

群れにおいて怪我をして病気になったやつを捨てるのは、
群れ全体において合理だからね。
だけど、「その合理を捨てて人権を取ろう」
としたのが近代の社会概念だ、
というところに立ち戻らないと、
「いじめをしたやつが全面的に悪い」
までたどり着けないのだよ。

いじめた奴は本能的合理でやってるんだからね。
本能で動くやつに人権を教えられるかが、
教育機関のあるべき姿だろう。


義務教育後は……まあ殺されないように振る舞うことだ。
社会は人権無視の弱肉強食なのはずっと変わらんよ。
資本主義は弱者をいじめる主義だからな。

こうした複雑な、一般的に解けない問題があり、
今、個別の問題を、どう解くかが考えられないやつは、
頭が悪いのさ。

そして、ややこしいことに、頭の悪いやつにも人権はあるのだ。

この辺が「12人の怒れる男」(1959)で、
見事に活写されてるのよね。

頭のいい人は、
(めんどくさいけど)ノーブレスオブリージュがあるのさ。
posted by おおおかとしひこ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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