複数の問題が絡み合って存在するのを理解できない人多いよね。
Twitterから。
> いじめの話で「いじめられる側にも問題がある」って人が良く散見されるけど
「いじめられる側にも問題がある」と「いじめる側はゴミカス」は矛盾せずに存在できるので結論としては「いじめは良くないから止めよう」が正解です
いじめられる側にも問題はあるよ。
弱そうな奴だからね。虚勢を張れない奴は問題なわけ。
じゃあ「問題のあるやつをいじめるのは悪か」も、
問題として出るわけさ。
群れにおいて怪我をして病気になったやつを捨てるのは、
群れ全体において合理だからね。
だけど、「その合理を捨てて人権を取ろう」
としたのが近代の社会概念だ、
というところに立ち戻らないと、
「いじめをしたやつが全面的に悪い」
までたどり着けないのだよ。
いじめた奴は本能的合理でやってるんだからね。
本能で動くやつに人権を教えられるかが、
教育機関のあるべき姿だろう。
義務教育後は……まあ殺されないように振る舞うことだ。
社会は人権無視の弱肉強食なのはずっと変わらんよ。
資本主義は弱者をいじめる主義だからな。
こうした複雑な、一般的に解けない問題があり、
今、個別の問題を、どう解くかが考えられないやつは、
頭が悪いのさ。
そして、ややこしいことに、頭の悪いやつにも人権はあるのだ。
この辺が「12人の怒れる男」(1959)で、
見事に活写されてるのよね。
頭のいい人は、
(めんどくさいけど)ノーブレスオブリージュがあるのさ。
2025年07月13日
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