2025年08月06日

面白い映画とはなにか

色々な答えがあると思う。

僕は、「期待させて、見事にそれ以上に答えること」
だと考えている。


期待させるにはどうすればいいか?
的確な予告編やログライン、
キャッチコピーをつくるのはある。
だけど多くの場合それはつくれない。

じゃあタイトルしかないじゃん。

「タイトル 作者名」しか、
与えられる情報はないのである。

あなたが有名人でない限り、作者名はなんの価値も持たない。
「○○○○ 手塚治虫」になったら、
えっ、手塚治虫の脚本なんてあったんだ!
ってめっちゃ価値があがる。
「○○○○ 中居正広」とあれば、
ちょっと何言うか見てみたくなる。

だが、「○○○○ 大岡俊彦」は、
価値をほとんどもたない。
ある程度名は知られてるかもだけど、
1億2000万人が先を争って読みたくなるほどのネームバリューは僕にはない。
僕より有名じゃない人はそれ以下だ。
まあ、基本、0だと思って良い。
0ということは、
書かなくても良いということだ。

だからつまり、タイトルである。

それを見て「おもしろそう!」と思うわけ。

「楽園」とか「告白」とか「来る」とかは、
全然おもしろそうに思えない。
「国宝」は歌舞伎の話だとわかってれば期待できるが、
文字だけだと美術館の退屈な話かなーと思ってしまう。
「国宝を盗んだ男」「国宝になった男」
「国宝になれなかった男」ならば、
期待できる。

期待できるとはなにか?

「○○で○○な話だろう」と、
「想像できる」ということだ。

仮に「国宝を盗んだ男」ならば、
美術館に忍び込んで強奪するシーンや、
巧妙に盗む計画を立てるシーンや、
見事に盗んだが誰かに知られて追われるシーンや、
その国宝がラストバラバラになって台無しになるシーンなどを、
想像することができる。

あるいは、
「人間国宝」を盗んだ男の話でも面白い。
おじいちゃんを盗んでもあんまりおもしろくないので
(それはそれで面白そうだけど)、
若いイケメンが人間国宝で、
そのハートを盗むゲイの話だっていいはずだ。

色んな話を想像できる。
しかもどれも面白そうだ。
これがいいタイトルだ。

つまり、期待を孕むタイトルというわけだ。
孕ませるのはみんなの心である。

「楽園」だとよくわからない。
楽園の話?楽園を探す話?
ディテールがよくわからないので想像しにくい。
楽園が見つかってハッピーエンドだとしても、
その前の悲惨な状況が想像できないので期待できない。
そしてそういうものは沢山あるので、
類型化してつまらなそうだ。

「新橋の楽園」なら、
だいぶオジサン寄りの楽園で、ほんわかコメディだろうし、
「キンシャサの楽園」なら、
人種差別の話になりそうだ。
「14歳の楽園」なら、
学校の思春期の話か、
14歳までしか生きられないSFの話かもしれない。

このように、
タイトルには「期待に色をつける」ことができる。
方向性、といってもよい。

きっとこんな話だろう、
という妄想の材料を与えるのである。

そしてそれが、レアだから面白い、
聞いたこともない面白さ、
平凡でよくある感じではない、
きっと感動できたり笑えそう、
となってるときに、
「期待できる」わけである。



さて、タイトルで期待したものを、
満足させなければならない。

「美女3P」とタイトルをつけて、
ブサイクが2人出てきたら満足しないわけだ。
「国宝を盗んだ男」なのに、
国宝も盗みも出てこないなら、満足しないわけだ。

で、
期待を満足させるのは、
まだ必要条件にすぎない。

確かに美女が2人出てきて3Pをしたけど、
プレイがしょぼかったら、
「タイトル詐欺ではないが不満足」になる。
国宝をスリルを持って盗んだが、
それしかなかったら、
「タイトルには答えてるけど不満足」になる。

つまり、
「タイトルの期待に答えて、
なおかつ、
期待もしてなかった満足を与える」
をするとよい。


「AKIRA」は、
「超能力を持った少年をめぐる、
荒廃した東京の暴走族たちの話」であるが
(タイトルからは想像できないのでよくないタイトルだ)、
映画版では、
「衛星ビーム兵器SOLから打ち込まれるビームによって、
東京の建物がガラガラと破壊される」
というトンデモシーンがあり、
このカタルシスが、
望外の満足感をくれる。

これは、タイトルからは予想もできない面白さだ。
これが「ゴジラ」だったら、
崩壊する街並みを見ることは期待に入るが、
入ってないものを見ると、
人は予想以上に満足するわけだ。

超能力vs暴走族の期待以上のものをもらうこと。
お土産という人もいるが、
実のところ、
僕はこっちがメインディッシュだと考えている。

あくまでタイトルで期待させることは客寄せにすぎず、
前菜やデザートレベルだぞと。
ここにゴツンとしたメインディッシュがあって、
はじめて人は満足するのだということ。

そしてそのメインディッシュとは、
タイトルとは関係なく、
「映画に期待するもの」だと思う。

つまり「AKIRA」には、
僕はメインディッシュとして満足していない。
映画的な期待に答えていないからだ。
だから僕は「AKIRA」を、
アニメーションとしてはすごいと思うけど、
映画としては微妙だと考えている。

じゃあ、映画そのものに何を期待する?


人生のとんでもない瞬間からはじまって、
人生のなにか大事なことを得られるもの、
じゃないかと思うんだよね。

爆笑や号泣が必須だとは考えない。
だけど、
「人生に何か深いものをもたらしてくれるもの」
がないと、
映画とは言えないんじゃないか、
と僕は思うんだよね。




まとめる。


期待させること。
それは、ガワやテーマの欠片のようなものであり、
きっと○○で○○な映画になるだろう、
という想像である。
それが豊かであったり、強いほどよい。

満足させること。
期待に100%答えるのは必要条件。
「期待通りだった」は、70点しかもらえない。

残りは、
「予想も期待もしてなかったが、
真の映画を見たときに得られるものを得た」
という感覚である。



ここ最近ずっとリライトしていた、
「最終章を先に描け!」は、
結局13稿まで書いて、城戸賞に出した。

タイトルから得られるのは、
漫画または小説の、最終章を先に書く話だろう。

ログラインや周辺情報込みだと、
終わらない漫画の休載中に、
別の人が勝手に続きを書いて、
終わらせてしまう話だとわかる。

きっと原作者本人が出てくるだろうと期待できるし、
見事にそこに答えた後半戦になっている。

ここまでは全脚本集に載せた4稿目のバージョンだ。

ここから何をしたかというと、
「コメディを見た」という感覚にせずに、
「いい映画を見た」という感覚にしたことだ。

具体的にはいつものことだ。

テーマを設定して、アンチテーマの状況からスタートさせて、
そこから抜け出ようとする主人公たちに感情移入させて、
その結末がテーマを暗示するように、
コツコツと作り直しただけの話である。

これはつまり、映画としておもしろいのか?
に答えているというわけである。


人はなぜ映画を見るのか?
ガワを見に来るのかい?
そうじゃないよね。
「終わらない漫画を終わらせよう」というのは、
あくまでガワの面白さにすぎない。

人はコメディを見に来るんじゃない。
コメディだろうがアクションだろうがラブストーリーだろうが、
あくまで「映画」を見に来るのだ。

ああ、いい映画を見たなあ、
と見終えた後に残る、
たしかな満足感。

これはつまり、テーマにきちんと落ちてるか、
ということだと僕は思う。



期待させよう。

それに答えよう。

そして、映画になろう。

この3つができているものが、
いい脚本だと僕は思う。




第51回城戸賞、
たったいま締め切られました。
僕はベストの13稿を出した。

これを読んでる人の中に、出した人もいるだろう。
ざっくりライバルは500人。1000人はいない。
その中で一番を取れればよい。
対戦よろしくお願いします。

面白い映画、満足できる映画をつくりたいし、
その台本を書いたつもりだ。
posted by おおおかとしひこ at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック