頭の中にストーリーがうごめき始めて、
キャラクターやプロットがなんとなく決まって、
そろそろ勝手にセリフをしゃべりだすようになってきたとき、
いきなり書いてもいいけど、
一回俯瞰に戻ったほうがいい。
そのために、予告編を考える、
という段階を僕は踏むことがある。
予告編で大事なことはたった二つだ。
1 それがどのような娯楽性を連れてくるのか、示せること(期待させること)
2 それがどのようなテーマに落ちるのか、期待させること
つまり、
予告編で大事な二つとは、
ガワと中身だ。
ガワはある程度チラ見せして、
もっとこういう感じのものがあるんだな、
と期待させて、
中身は多分このオチはこうなるんじゃないか、
と予測させて期待させるとよい。
つまり、
書く前に俯瞰的になることとは、
・この話のガワの魅力はなにか?
・この話の中身の本質はなにか?
の、両方を言語化する、
ことに他ならない。
こういう話があるよ、おもしろそうでしょ、
には二つある。
つまり、
こういうシチュエーションなんだ、とか、
こういうキャラクターなんだ、とか、
こういうすごいシーンがあるんだ、とか、
こういうわくわくがあるんだ、
とかのガワに期待させる方法と、
本質的にはこれのことを話そうとしているんだ、とか、
人間の深い部分のここに触れる話なんだ、とか、
〇〇は〇〇だって結論を出そうとしている、
とかの、中身に期待させる方法なわけ。
それは、
両方とも、ウリが出来てる?ってことなんよ。
ガワがつまらなそうなものは、
深いかもしれないが、客を呼べるだけの期待値がない。
中身がつまらなそうなのは、
イベントやジェットコースターとしてはいいけど、
2時間集中しても何も得られない、
スカスカのスナックの可能性がある。
両方が両輪としてあるんだっけ?
をチェックするとよい。
両方が分離しているものはダメだと思う。
ガワが戦争ものなのに、
テーマは卒業です、とかいってたら意味が分からない。
戦争もののガワに期待される、
平和とは、とか、正義とは、とか、
愛する人を失う痛みとか、
の中身がないなら、戦争物というガワを選んでいる意味がない。
ガワと中身が齟齬を起こしている。
Aというガワがあり、それはBというテーマに落ちる、
という場合、
AがBの象徴になっているのがベストだ。
「ロッキー」は、ボクシングというガワであり、
イタリア男の色気やラブストーリーがガワである。
そしてそれは元移民の貧困から抜け出し、
立ち上がり、誇りを取り戻そうとする、
男のプライドがテーマである。
つまり、ガワがテーマの手段にふさわしくなっている。
だから両輪になっていると分かる。
地下ボクシング試合があり、
世界チャンピオンとの試合があり、
ラブストーリーがあるが、
それはすべて男が何者かになる話なのだ、
というテーマの具体的表現になっているわけだ。
その、両輪性をチェックするのに、
予告編を考えてみると分かるわけ。
たしかにガワは良さそうだが、
テーマとガワが表裏一体になってなくね?とか、
テーマはわかるし、プロットもしっかりしているが、
どんなビジュアルでこれをテーマに落とすのかわからなくね?とか、
テーマが抽象的すぎて、ガワまでたどり着いてなくね?
とか、
色んなことをチェックできるのだ。
今書こうとしている話は、
空飛ぶ男の話だ。
そして敵のキャラクターも決まり、
結末も大体決まったんだけど、
これってどういうテーマなんだっけ?
があいまいになっているなあ、
と思っていた。
なので、予告編をつくってみたのだ。
どういう結論を言おうとして、空飛ぶ男はこの敵と戦うのだろう?と。
ラストどういうカットで終わって、
ドーンとタイトルが出て、
どういう結論を期待できるんだろう?と。
キャッチコピーを書くとしたら、
どういう本質とガワを融合させるだろう?と。
そもそもタイトルはそれが出来ているだろうか?と。
そんな具体をチェックするのに、
予告編は1分くらいのものだし、
すぐに考えられると思う。
別にコンテをかけとはいっていない。
主なセリフや場面の羅列でいいよ。
いつどこでタイトルが入るのか、
どういうことを言おうとしているのか、
どういう見せ場を用意しているのか、
などを、
落ち着いて俯瞰的に考えられるよ。
叫んだりするのか。静かに本質的なことを言うのか。
笑わせに来るのか。
色々あると思う。
この夏公開、の前にどういう惹句が入るだろう?
何を観客は期待してくるのがベストだろう?
そんなことを考えるのに、
予告編はとても良い。
どういうモチーフとテーマの両輪の形なのか、
それをチェックするのだ。
2025年11月16日
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