2025年11月21日

構成力とは、軽重のバランス力

構成力とは謎の言葉である。
何があれば構成力があるといえるのか。


展開力とは、別の力だと僕は考えている。
「この先が気になる」
「おもしろくてやめられない」
「どんどん引き込まれる」
「まさかそんな展開に?!」
「どんでん返しやられた!」
「驚きの展開」
などの力は、展開力によるものだと考える。

構成力とは、そこに入らない、
全体を捉える力だと思う。


どういうことかというと、
何に重心を置き、何を軽く扱っているか、
というバランスを決める力だと思うわけ。

ストーリーが2時間ある。
何が大事で、何は省略してもよくて、
何はちょっと触れる程度にしておくべきか?
ということだ。
どこは徹底的に掘り下げるべきか?
掘り下げはここまででいいか?
もっとやるか?
他とのバランスを考えて、ここまでにしておくか?
何と何を掘り下げることにするか?
などを決める力ということだ。

重たすぎても軽すぎてもよくない。
ちょうどよいバランスになるべきだ。

原作ものを2時間に収めることを考えると、
話は簡単である。
どこを採用して、どこを切るか、
ということだ。
2時間の娯楽として、どう起承転結をつくるか、
というのが構成力だと思うとよい。
そのためには、
どれを掘り下げて、どれを掘り下げないか、
決めなければならない。
その感覚が、構成力があるかないかで決まる、
ということだ。

運動会の出し物のバランスを考えようか。
100メートル走やリレーのガチ競技はほしい。
団体戦の騎馬戦的なものもほしい。
応援合戦みたいなレクリエーションもほしい。
借り物競争は見てる人も巻き込めておもしろい。
組体操みたいな、練習の成果を出せるものもあるとよい。
それらを、タイムテーブルこみで、
どれくらいの分量やるか、
というのを考えるのが、構成力と思うと、
考えやすいかもしれない。

ライブのセトリを決めること、
でもいいよ。
デビュー曲や有名曲は外せない。
ノリノリのやつからバラードまで、
呼吸のバランスが欲しい。
あるテーマで掘り下げてもいいし、
それをやめていくつかのテーマに分散してもよい。

そのバランスを決めることが、構成力だと思うとよい。


たとえばコロナを映画化するとしようか。
ダイヤモンドプリンセスはどれくらいの分量や掘り下げがいるだろう?
医療関係者の話はどこまで掘り下げるか?
尾身会長や8割おじさんは?
中国の研究所から漏れたという噂や、トランプの追及は?
トランプ自身がコロナに倒れたことは?
イタリアやヨーロッパで次々に死んでいったトリアージは?
何をどういうバランスで盛り込むかが、
構成だと思うと分かりやすいのではないだろうか。
Qアノンはいらないだろう。黒人運動はいる?
日本だと岩手だけはしばらく患者がいなかった奇跡とか、
他県から引っ越してきた家が燃えたのは?
GoToイベントの阿呆さは?
東京オリンピックの延期と無茶な実施は?
ばたばた潰れていった店や芸能人は?
それを、誰から見た話にするか、
誰と誰の話の展開にするか、
どれくらいの軽重とするか、
が、構成というものだ。

もちろん、正解はひとつではない。
沢山の解がありえる。
ただし、バランスが悪いものは構成力に欠けていて、
ちょうどいいバランスになってて、
何が大事かよくわかるものになっているのが、
構成力があるということだ。
それはつまり、
「何を描きたいのか」
「何がテーマか」で、
全然変わってくることが想像される。

それはつまり、
「テーマをどう描くかに対して、
素材をどのように軽重をつけたか」
ということと同じだ。

もちろん、順番がある。
どういう順番で、
どういう軽重で題材を整理して、
全体としてどのようなことが言えているか、
ということを決めるのが構成であり、
それが立派で面白いものを構成力があるという。
バラバラで何が言いたいか分からず、
アレは入っていないし、コレはとくにいらないし、
などがあれば、構成力がないということだ。


そのバランスをもとに、
登場人物を決めたり、世界の端を決めたり、
時間の端を決めたりするのが、
構成なのではないだろうか。

それと、展開力はまた別のものだと思う。
posted by おおおかとしひこ at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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