2025年10月09日

【薙刀式】ATC 150あたりが臨界点だろうか?

肌感なんだけど、
ATC 150までは、
実戦のタイピング、つまり「思うことを書くこと」と、
比例してる気がするのだが、
その上から、ゲーム攻略の領域になってきてる気がする。


これは僕の普段の巡航速度が、
1500字(変換後)/10分であることと、
関係してるかもしれない。

大体自分の「いつも」は、150くらいで、
それ以上は「いつもじゃない特殊な攻略」、
「偶然」あるいは「暗記」で得られる感覚。

ATC 200を攻略なしで出せる人は、
普段から自由に2000で書くのかな?
だとしたら見てみたいのでぜひ動画を。
(たぶん人間には無理ではないかと予想)



これはタイピングゲームの功罪みたいなことだ。

何も知らずタイプウェルをやればいいのかー、
なんて無邪気だったころは熱心にやってたんだけど、
SC〜SAあたりから、現実と乖離し始めてない?
って感じ始めた。

一応切りのいいところSSでやめたけど、
そこから上はリアルスピードと関係ない、
別ゲーが始まってると感じたのね。

レイテンシとか最適化とかチャンク化とか、
打鍵組み立てとかワード慣れとか先読みとか、
全部変でしょ。
「思うことを書くこと」とはほとんど関係ない。

なので、
ここからはゲーマーの領域だなと思って、
僕は歩行器を降りた。


タイピングゲームは、
よちよち歩きの赤ちゃんが、
歩くようになる歩行器までの期間は、
役に立ちそうだ。

だけどタイパーとは、
「この歩行器で歩くより速くレースしようぜ」
とやり続けてる人のことで、
実際僕の歩くより数倍速く行ける人たちだ。


何も教材がなくていきなり全部覚えろ、
よりは教材があったほうがいいとは思う。
でもさ、
その配列にはその設計思想があるんだから、
それを使いやすい教材を用意しろよ、
と僕は思うんだよね。

つくりました、までは別にいいんだけど、
とてもよいので普及したいと思うなら、
入門から皆伝までのメニューはあるべきだと思う。

ない配列が悪い。
もしそこにすばらしい真理があるなら、
山門から奥の殿まで、掃き清めるべきだろう。



あと僕がタイピングゲームに懐疑的なのは、
死んだ言葉が多いからだ。

タイピングゲームのランダム単語は意味がわからない。
まあ小学校低学年の教科書ならわかるが、
その程度でしょ。
中学年以降は生きた言葉を学ぶべきでしょ。
我々は死んだ言葉を書くのではなく、
生きてる今の気持ちや考えを書きたいのだから。

毎年RTCを見る一般人が、
かならずランダムワードの電波文章に冷笑を浴びせる意味を、
もっと考えるべきだ。
現実と乖離した問題を捌くことにどういう意味があるのかを、
競技側は解説を入れたほうがいいと思う。


そういう意味で今年のATC 2025は、
良問だと思う。
言葉がちゃんと走ってる。

これで練習すれば、
生きた言葉を、ランダムワード練習よりも、
早く一人前に書けるようになると思う。


空手の型をどれだけやっても、
組手をやらないと強くなれないのと同じだ。
空手の型は基本パーツの分解であるが、
それは小学校で「さくら さくら」とやってることと同じだ。
いつかその歩行器から離れる必要がある。


僕は、タイピングゲームのような死んだ言葉をやるくらいなら、
俳句や歌詞のような、暗記できる短い生きた言葉を、
ガンガンやるべきだと思う。

目的が生きた言葉を書くなら、だが。



まあ、いうてATCは200〜220くらいが目標かなー。
たくさん文章を用意して(118らしい)、
なるべく初見に近くしてるのに、
案外同じの出るよね。
だから「攻略」が発生する気がする。

もう少し短くして3つをつなげるとかすれば、
大数の法則が働いて平均化されるかしら。
posted by おおおかとしひこ at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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