2025年10月11日

【薙刀式】そもそもの生産量ってどれくらいなんや

多くて、
Hで5000字、
Dで1万字くらいじゃね?


調子がよければもっといくし、
悪けりゃ半分の日もあろう。

文章の質にもよる。
脚本は1日6000字が限界じゃないかな。
4000字でかなり書いたほうで、
2000〜3000が巡航速度じゃないかなー。

エッセイでよければ、
ネタさえあれば1日1.2万はいけそう。
ネタ探しのほうが大変だわ。


タイピングと生産性の話をする人で、
実際の文字数を上げてる人がほとんどいないのは何故だろう?
測定してないのかな?
気にならないのかな?
それとも、そんなに書いてないのかな?

なんで、「文章の種類によるだろ」とか、
「このタイプならこの量」とかの、
話をしないんだ?


qwertyタイパーで、
1日10万打鍵練習したとかよくいうよね。
僕の経験だと、
4打鍵で変換後の1文字くらいになるので、
大体2.5万字書いたことになる。
いやー、そりゃ大変だろ、おつかれさまでした、
ってなるけど、
そんなふうに換算して理解する人って、
どれくらいいるのだろう?


ツイートは140字。
遠足に行った作文は400字。
小説や脚本の梗概(あらすじ)は800字。
このブログ記事は2000字。
エッセイは5000字。
小説の短編は4000〜3.2万字。
論文は1万字。
映画脚本は4.8万字。
単行本小説は10万字。

これらをどれくらいで書くのか、
という話をしたいのよね。

他にもライター的記事やメールなんかもあろう。
議事録もあろう。

生産性を議論するときに、
なぜ生産量とそれにかかる時間の話をしないのだ?

僕は脚本1本書くのに3か月から半年はかかるぞ。
ブログ一記事は10〜20分だ。

これらの生産性の話をしたいのに、
秒20打とか運指最適化とか、
日本語の構造と関係ないチャンク化とか、
ほとんど意味がない。

指の動かし方を整理して、
左右対称の軽いキーボードを使って、
意味の切れ目が運指の切れ目になるようにして、
書いたものから思考を発展させられるような、
そういう話をしたいのだが。

そうしたら書くのが楽になり、
ずっと書けるようになり、
目先のスピードも早くなり、
最後まで息切れしなくなったよ。


タイピングは手段であり道具にすぎない。
その目的を実現する効率や良さとして、
比較されるべきだ。

なのにタイピングを目的化した言説ばかりが、
幅を利かせているように見える。

もっと何をどう生産できてるのかの話をするべきなのでは。
posted by おおおかとしひこ at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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