2025年10月11日

【薙刀式】短距離を拡大しても長距離にならない

ATC 2025で195を出したので、
簡単のために200としよう。
計算してみる。


10分で書ける文字、
1時間で書ける文字、
1日で書ける文字の経験則は以下ぐらい。

M 200字
10M 1500字
H 5000字
D 10000字

仮に分速を当倍拡大したものを比較する。
仮に1日を8時間としようか。

M 200字
10M 1500字 2000字 (75%)
H 5000字 1.2万字 (42%)
D 10000字 9.6万字 (10%)

へー、あの全力ATCペースで書くと、
8時間で小説単行本一冊書けちゃうんだ。
そんなわけあるかい。
そんな休憩なし、蟹工船よりひどいぜ。

ちなみに、1日1万字書けたとしても、
10日で10万字の小説ができるわけではない。
初日はそのペースでも、
どんどん落ちていくと思う。
手慣れた人でも20日はかかるだろう。

人は、書けば書くほどペースが落ちる。


短期間で見れば、
単純に疲労によって。
疲労を回復しなければ前に進めない。
ポモドーロ・テクニックはそれを使って、
25分集中、5分休憩のループをする。
えー、休憩短くね?

25分も原稿書いたら、15分くらい休みたいわ。

書き物が単純労働と異なるのは、
脳はそのように動いてないからだ。

言語化可能レベルに内容が練られるまでに、
とても時間がかかり、
臨界言語内容がある程度の量たまったときに、
書けると思うわけで、
それが僕は1単位5000字ぐらいではないか、
と見積もっている。

午前中5000字、午後5000字と考えても、
かなりハードスケジュールだと思う。
1日5000字でも無理な日もありそう。

それは、脳の中にどれだけ渦巻けるか、
が関係していると思う。

脳の中にないのは書けないのだ。


また、
それらが進めば進むほど、
書いたものとの関係性がある。
単純に言えば矛盾してはならないし、
先に書いたことは、あとに書くことの前提になるべきだ。
あとに書くべきことが、前に書かれたものと、
全く関係ないなら、
一連として書く意味がない。

つまり、なんでも書いていいわけではない。
なんでも書ける可能性は、後半につれて減っていく。
後半ほどピンポイントになっていく。
結論に近づくからだ。

だからその針の穴を通すコントロールに、
時間がかかると思う。

だから後半は遅くなる。


分速100字書けるから、
10分で1000字、
60分で6000字!
とか言ってる人は、
物書きをしたことがない人だと思う。

ハイATC100の人集まってー!
いまから皆さんにエッセイを書いてもらいます。
興味深い話題で、引き込むようなツカミがあって、
こんな新しいことが?!って驚きをつくり、
話をひねってオチを予測させないでね!
そしてオチに来た時にクスッとなって、
この人の次のエッセイも読みたい!って思わせてね!
ハイ今から1時間!
よーいスタート!

で、書ける人は、100人集めて2〜3人かな。
それはたまたま書けるネタを持ってる人で、
書き慣れた人でしかない。
他の人は、題材選びに四苦八苦するだろう。
1時間経過しても、一文字も書けない人もいよう。

仮に一文字目を書き始めてから計測したら、
案外1時間で5000字行くんじゃ?
書き慣れてればの話だが。

つまり僕がいいたいのは、
タイピングゲームで測定した指の能力は、
最終的パフォーマンスと、
あまり関係ない数値なのでは?
ということ。


つまり、書くのは脳であり手ではない。
最悪後述筆記で代筆してもいいのだ。

なぜ僕がタイピングを研究してるかというと、
qwerty×標準キーボードが、
相当使いにくい道具だからだ。
それでATC53相当だったのを、
道具の工夫で150まで伸ばしたのだ。

僕の脳にガンダムがついてこないので、
マグネットコーティングしたわけだ。



タイピングゲームで競う人々は、
なぜか書き物をしない。

なんでだろう?

脳が足りないのだろうか?

ほかに仕事を抱えている人で、
書くべきことはタイピングの内容くらいしかないから、
書かないのだろうか?

たとえば趣味の映画を見たから、
その感想を1万字吐き出す記事とかを、
なんで書かないのだろう?
1時間で書けるよね?
その指のペースなら。


僕にそのフィジカルはないので、
やり方を工夫して、
ATC 200程度は出せるようになった。
それでも、
1時間で5000字くらいだろう。


微分的な指のペースを相似形に拡大しても、
仕事量に比例しない。
時間や文字の量がデカくなればなるほど、
指数関数的にパフォーマンスは下がってゆく。

このことを分かってるタイピングゲーマーは、
どれくらいいるのだろう?
実は全員分かってるんだけど、
見ないふりしてゲーミング特化なんだろうか?

この分離断絶を、
僕はどうにかしたい。


いや、ゲーマーをこっちの土俵につれてきても、
戸惑うばかりで作文の授業が嫌いな子供になるだろう。

問題は観客だ。

指と作文力が比例しないことを見せたい。


以前バカな例で、100人日かかる作業があり、
5人で20日くらいを想定していた時に、
「100人集めれば1日で終わるから、
100人集めて」と言い放った上司の話があった。

線形近似できるケースではない、
ということを理解できない例だ。

物書きも、
線形近似できない。


算数教育の問題だろうか?
理系でない人々の数学の限界が、
線形で止まっているからだろうか?


では、タイピングゲームは何を測定してるのだろう?

せめて10分速自由文なんじゃないかなー、
と僕は思う。

書き物の速度を測る、
もっと妥当な測定法はないものか。
posted by おおおかとしひこ at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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