悪役を決めれば、主役のテーマが決まる。
どれだけひどい落ち込みをするかで、
盛り上がりの極大点が決まる。
だれがどれだけひどいかが、世界を決める。
世界というのは、影から光までのグラデーションの間にある。
物語というのは、もっともひどい影から、
もっとも明るい光の栄光を描くことである。
テーマ、頂点が決まったら、
谷底も決めておくのである。
これをどれだけひどくしたかで、
その落差が決まるからだ。
もしテーマがごく普通のことを描くなら、
谷底をより深くするとよい。
あんなひどいことがあったあとには、
こんな普通の幸せこそが幸せなのだ、
と描けるからだ。
テーマが崇高ならば、
悪はひどくするべきだ。
その根源的な二元論を、我々は楽しみたいからだ。
絵も音も同じだ。
白と黒の間に絵がある。
極大音と極小音の間に音楽がある。
テーマとアンチテーゼの間に物語がある。
その、高低の差こそが、
ジェットコースターの落差になるわけだ。
あなたの物語がピリッとしないとき、
影が薄いんじゃないか、って考えるのは、
ありかもしれない。
影が濃くなれば、
光が同じでも、明るくなったように見えるよ。
コントラストが効いているほうが、
よりよい世界に見えるよ。
悪という他者じゃなくても、
主人公の心の中でもよい。
影を落とした過去があったり、
人に見せられない部分があってもよい。
光を見せたければ、その暗い部分も描くとよい。
そして、そのことに対して、どのように自分は考えているのかも描くと、
テーマがよりはっきりしてくるだろう。
ただ、AはAである、
ということに落ちても、ぼんやりしている。
AはA-と対比して、
はじめて立体的になる。
人間の認識機構がそうなっているんじゃないか。
2025年11月28日
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