大阪人はイラチである。
イラチとはすぐイライラする人のことだ。
大阪人だけがなかなか来ないエレベーターのボタンを連打するそうだ。
えっ、他県人はしないのかとびっくりした記憶がある。
なににイライラするのか。
「自分のアクションに対して、
反応がすぐに返ってこないこと」だと思う。
手書きの文字は、
反応が0で返ってくる。
書いた文字は文字である。
画数による速度遅延があるが、
続け字で運用上カバーできる。
思ったことに対して、
文字の完成は直後である。
あるいは、時間よりも段階の問題だ。
手書きは、書いたのが文字だ。
間に何か挟まっていない。
大阪人はイラチである。
奥歯に物が挟まった言い方を良しとしない。
あかんねやったらはっきりあかんと言えや、
ええんやったらええと言えや、と思っている。
グレーはない。白黒つけたい人種である。
おもろいとおもんないに分けたいのだ。
だから手書きの、間に挟まってない感じはストレートで良い。
キーボードは、返しが遅い。
ブラインドタッチまではいいとして、
それを変換して、間違ってたら直さなければいけない。
間に何段階か挟まっている。
この時間遅延と段階が、
大阪人にとって「さっさとせえや」になると思う。
毎度思うんだけど、
変換1回かけて、違ったらもう1回変換かけて、
それが違って変換かけてようやく候補ウィンドウが出るの、
遅くない?
1回ノーを突きつけてるんだから、
すぐに候補ウィンドウだせよ。
この回数を設定できない意味がわからない。
そして、候補ウィンドウ出るのが遅すぎない?
YouTubeで動画が見れる時代に、
なんでここが爆速になってないの?
32bitの後方互換性みたいなこと?
スペース押したら1ms秒で出せよ。
処理してるのテキストでしょ?
僕が1アクション1カナにこだわるのは、
そして月配列のような2打カナや、
拗音を数打で打つ方式にしないのは、
イラチだからだと思う。
自分の操作に対して、返ってくるのが遅いのは嫌なのだ。
そして変換単位が結構短いのは、
動画を見れば分かると思う。
一文単位で変換しない。
文節や、変換が怪しそうな単語単位で変換をかけている。
だから句読点確定とかも併用できるのだと思う。
これも、
「自分のアクションしたことが、
さっさと目的の文字になってほしい」という、
イラチ成分の現れではないかと思う。
qwertyをサイトメソッドで使っていたころ、
イラチは頂点に達していた。
遅ない?と。
なのでブラインドタッチをやろうとして、
小指Aに切れた。
遅い小指に一番の文字を振るのはアホかと。
エレベーターのボタンを連打するのは、
右人差し指のはずだ。
そこにAがないのはアホかと。
さっさとせえや、遅いやんけと。
なのでローマ字配列カタナ式をつくった。
BSやエンターやカーソルを中央に置いた。
これも、遠くまで手を伸ばすことがアホに見えたからだ。
それも、「さっさとせえや」という気持ちからだね。
で、ローマ字は打鍵数が多くて、
こっちのアクションに対してひらがなの完成が遅いので、
さらに「さっさとせえや」と思い、
カナ配列薙刀式へ至った。
(そして現在は漢直をどうにかしたいと思っている)
つまり、
僕の「速い」とは、
「打てば響く」のことである。
思考から文字に至るまでの、
手数が少ない方がよい。
エレベーターのボタンを押したら「あと14秒で到着します」
と答えてくれれば良い。
何もリアクションがなく、分からない時間待たされるのがイライラするのだ。
そういえば、
信号待ちの「あと何秒」の表示は、
大阪で発明された。
みんなイライラしてるからだ。
何秒とすぐに返ってくることが大事で、
待つことがあること自体は理解してる。
イライラしてるが、バカではないのだ。
打っても響かないのが、遅いと感じる。
打って響き、多少時間がかかろうが、
打った瞬間に全体像が把握できるのが速い。
極論、
Aを打ってから「Aは2秒後に画面に現れます」
とアナウンスがあってもよい。
それ前提で、今次のことができる。
考えるとか。
つまり、私をアイドルタイムにさせるな、
ということを大阪人はいいたい。
それは秒でもミリ秒でもだ。
待つ間におもろい話をすればいいわけではない。
何秒待つかが完全クリアになってなくてもよい。
はいわかりましたと返事がないのが遅いのだ。
だから多分、
僕はほんとうは、○○字/分、
○○万字/日とかの速度に、
興味がないんだと思う。
ミリ秒の範囲内での、超微視的な話が、
本当は言いたいのではないかと思う。
俺を待たせるな、
「何秒待て」と分かってるならかまわん、
ということだ。
で、さっさとしない、
qwertyローマ字のめちゃくちゃ運指や、
遠いBSエンターカーソルや、
ぬるぬると不定な動きをするIMEに、
イラチとして腹を立てている。
これらの開発陣は、大阪人ではなかったのだろう。
まだ関西気質がある徳島で、
ATOKが開発されたのは偶然ではないかもしれない。
僕の主観的な速さとは、
思考が文字として定着するまでのことで、
1秒とかそれくらいの話なのだと思う。
結果、僕の思考は速い(らしい)ので、
長期的に速く書ける、ということだけらしい。
だから、
いちいち文字を読み、思考に戻し、
思考から吐き出すコピー打鍵は、
段階が倍あるので、
僕はイライラしながらタイピングゲームをやっている。
間にもの挟むなや、ストレートに来いや、
になるのは、
僕が思考をこうやって書いてる時だけか。
あと、IMEが1発変換できてるときだけだな。
つまり、思考を、手や目が邪魔しないことが、
僕にとって速いことなのだと考えられる。
そしたら次を考えられるやん(待つ秒数も含めて)、
というのが速さかな。
僕は自分の思考を他人にあずけたくないのだろう。
「速い」とは何のことか。
ほんとうに「ある文章を書くトータルの速さ」のことではない気がする。
WPMなんて奴隷を使う主人の判断単位じゃね?
2025年10月13日
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