2025年12月10日

作品を発表したときにあること 

みんなの感想が、過去を言及している、と思えること。


当然なんだけど、
自分が苦闘したのは発表があった時点よりも、
遥か過去のことだ。
だから、「今の自分を褒められている」という感覚よりも、
「過去に考えていたことに、世間が追いついている」
ということを考えてしまう。

もし承認欲求だけで作品を作っている人がいるならば、
ツイッターとかで発表したほうが早いだろうな。
リアクションはすぐにやってくる。
絵師がよくやっているのも、
絵は見ればすぐわかるから、リアクションが早い、
というのもあるだろうね。

シナリオは読むまで時間がかかるので、
少なくとも2時間後にしかリアクションは来ないし、
そんなに人は120ページも読んでくれない。

なので、
すぐにリアクションが来ないものだと、
「あー、だいぶ昔に思ったことを、
今頃俎上にあげてくれているなー」なんて思ってしまうのね。

過去に発言したことに対するリアクションだから、
地球の裏の話のような気がする。
いや、日本とブラジルよりも、もっと遠い。
手紙のやり取りよりも遠い。
タイムスリップしたくらいの勢いかもしれない。

だから、
褒めてくれる分には「お、おう、ありがとう」となるし、
けなしてくる分には「うん、昔の俺はそう考えていただけだよ」となる。
自分の時系列が、そこからずっと未来にいるのでね。


その作品しか書いてないなら、
それの評価が自分の評価になってしまうから、
もっと舞い上がったり落ち込んだりしてしまうのかもしれない。

だけど次々作品を書いている状態ならば、
もう心は次の作品のことでいっぱいなので、
うーん、昔の作品がようやく届いたかー、
という感慨しかないのではないか。
昔付き合っていた女の話を今のことのようにされてもなー、
という感じかな。
いや、観客にとっては、今の話なんだけどさ。


だから、作者というのは、
案外自分の成功や失敗について、冷めているんじゃないかと思うよ。
それよりも次の作品の成否のほうがよっぽど頭を占めているからね。

例外は、次を作っていない場合だけだ。


次をつくろう。
過去は過去。次回作が代表作になるのだ。

作品のコアなんて簡単なものだ。
「自分がどういうものを見たいと思うか」を、
沢山並べるのだ。
その中から、これは書けそう、というアイデアを見出すんだね。
今見たい映画は何?100くらいあるでしょ?
その中で書けそうなのはどれ?何個かあるでしょ?
それを深堀りしていくと、
もう過去の作品のことなんて忘れているよね。

posted by おおおかとしひこ at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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