という用語を見つけたので面白いなーと思って書いてみる。
世界観をつくることはとても楽しく、苦しいものだけど、
僕はそれだけじゃ足りなくて、もう2つほど必要だと思う。
まずは天地人について。
天とは、背景の状況だ。
一番簡単なのは、「現代、日本」という感じ。
「関ケ原、合戦2時間前」とかは、かなり濃いだろう。
SFならもっとややこしいか。
「人類が宇宙に移住し始めて四半世紀、スペースコロニーの一つサイド3はジオン公国を名乗り、
地球連邦に独立戦争を仕掛けた」
とかも天だね。
SFは、設定に独自性を盛り込めて面白いけど、
それを作るだけで大変だし、
それがストーリーに効いてこないとただの設定倒れになりがちだ。
人は、わかりやすいと思う。
人物設定だ。
どういう性格かとか、どういう職業とか、
どういう人生観とか、
どういう動機があって、どういう目的を持っているかとか、
人間関係とかだ。
これを描くことがストーリーの主なモチーフである。
地は、その間。
会社組織とか、組織と組織の関係とか、
人間よりも大きなものと考えるといいだろう。
会社物を書くならその会社の設定がないとわからないし、
刑事ものをやるなら、その組織についてきちんと設定しておかないと、
リアルから外れたことをしてしまうだろうね。
土地関係もあるか。東京の話と北海道の話は、
やっぱり基本的な考え方や文化が違うだろう。
季節もある。夏の話と冬の話は全然違う。
架空の場所だとしたら、
〇〇と〇〇はこれくらい離れていて、
行くのがこれくらい困難、とかはあるだろう。
〇〇砦は谷の間にあり、要害の地である、
なんてことはよくあることだ。
これらを整えて、
おもしろくすることが、
世界観の天地人を整えることに他ならない。
あるいは、世界を通じて働く原理とかも、天に入るかもね。
「信賞必罰」とか、「騙しあうしかないのだ」とか、
全体の文化とか哲学みたいなことかな。
また、「現代、日本」に設定したとしても、
「今の日本がどのようであるか」を反映させることは、
時代を批評することになろう。
「かつてはまじめに働いて誠実に丁寧にやることが日本人の美徳であったが、
今は騙してかすめ取ることしか考えていない」
とかを天にすることもできるわけだ。
これらをつくることは、
まさに箱庭をつくることである。
架空の世界が、
矛盾なく、魅力的に見えるほうがよいだろう。
魅力がない世界を描いても、
あんまりおもしろくないだろうからね。
光輝く良さから、ダークで湿っぽい世界まで、
色々なグラデーションがあってしかるべきだ。
で。
この箱庭をつくりさえすれば、
ストーリーはできるか?ということだ。
僕は2つほど足りないと考えている。
一つはテーマだ。
この箱庭全体をもって、何を言いたいのか?
結論は何か?
何のためにこの箱庭全体をつくったのか?
という、箱庭自身にはない、
箱庭を外から見たときの視点である。
それが明確にわかるもの、
しかも直接話法ではなく、
間接話法でわかるものが、映画的テーマだと僕は考えている。
全体を見終えて、これはこういうことを言いたかったのだな、
とほのかに察せられることがテーマだ。
で、さらに追及すると、
そのテーマを語るために、
余分な要素は省かれていて、
十分に語るための要素が十分にあるか?ということだ。
つまり、そのテーマを語るにあたって、
テーマと無関係のところを切り落としていて、
テーマが浮かび上がる構造に、最適化されているか?
ということだ。
無駄があってはテーマにたどり着けないし、
足りなければテーマに落ちても落ちた感じがしないであろう。
世界観をつくるときに、
テーマに落ちやすいようにつくっておくことは、
とても大事なことである。
そして、さらに上位構造に、
「それが今の観客とどのようなつながりを作るか」
があると思う。
〇〇なテーマに基づいて、
無駄なく十分に〇〇な世界がつくられて、
天地人が面白く、夢中になれる、
よくできたストーリーがあったとしても、
「それが現代の観客に響くか」がある。
そもそもよくできてなければ、
響くもなにもないのだが、
きちんと心に響くいい物語だとしても、
「今言うべきこと?」というのはあるよね。
たとえば、
「第二次世界大戦を舞台に描いた、
独裁主義の悲劇」が、
仮にものすごくよくできたとしても、
今それを見てどう思えばいいのががわからない。
つまり、同時代性だ。
仮に今日本が独裁主義に走っていて、
それを防ぐためにこの映画をつくったのだな、
などと時代の流れがあるときには、
有効な物語になるかもしれないが、
そうではない限り、
どこにも引っかからないだろう。
しかし仮にその物語が、
「誰にもわかってもらえなかった独裁者の悲劇」
という話になっているならば、
今、現代、孤独で理解されない多くの人々の心に刺さると思う。
そういう風に、
一見関係ない世界に、
今の私たちと同じ部分を見出すことが、
感情移入ということであった。
「たしかにそれ自体はよくできているが、
それが今この時代と関係なくない?」
になったら、それはつまらないということだ。
よくできている、どまりだということだね。
それはどうやって判断するべきだろう?
今、この現代をどう思っているか、が関係すると思う。
友情が失われつつある時代ならば、
友情を取り戻す話が受けるかもしれない。
孤独が問題となっている時代ならば、
孤独の解消がカタルシスを浮かばせるかもしれない。
そうした、「今この時代にこれを出す意味」
ができていないと、
ほんとうの世界観はつくれないと僕は考える。
天地人、その先のテーマ、時代との接点。
その5つの層で、
それぞれ面白くなるべきだと思うな。
でもそれができているかをチェックすることは、
なかなか難しい。
だから、それをプレゼンする資料をつくってみるといいかもしれない。
他人に説明する、という行為をすると、
何も知らない人に説明しなくてはならないので、
なぜこれが必要なのか、ということを説明できるかもしれない。
そのことで、客観的になることができると思う。
箱庭をつくることはとても楽しい。
しかし、映画というものは、
その箱庭で商売をするものである。
誰か一人だけしか褒めない箱庭よりも、
全員がその箱庭で遊んで楽しいものになるのが理想だ。
今回のこの箱庭はこういう趣向でございます、
それは今の時代とこのように噛んでいます、
というのがわかると、
箱庭に入りやすくなるだろうね。
うすうす感じているかもしれないが、
それがタイトルに出ていると、
とてもいいと思う。
つまり、理想のタイトルとは、
箱庭の中心的な中身(それは本質でもガワでもどちらでもよい)と、
我々現代日本の観客を、
どう結びつけているか、というのを、
端的に、詩的にいうべきものなのだ。
タイトルがキャッチコピーである、
というのはそういう意味だね。
2025年12月12日
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