2025年11月12日

ウィングパーツとかエアロパーツを外せ

田舎の改造車でよくある、
ウィングパーツとかエアロパーツとかがくっついているやつ。
ゴテゴテしてかっこ悪いよね。

あなたの脚本もそうなっていない?


ノーマル状態で勝負するほど、うまくいっていないからだろうと思う。
そのノーマルの剛性や空力で勝負すればいいものを、
少しでもよくしようとして、逆にダメにしている、
ということがまれによくある、
ということを理解するとよい。

先日書いた「最終章を先に描け!」は、
13稿まで直したのだが、
13稿目で、
かつて韮澤が担当していた若い漫画家高橋というキャラクターを新しくつくり、
3シーンほど登場させたのだが、
それがウィングパーツみたいになってて、
本来のノーマルの良さを伝えきれていないなあ、
と思ったので、
14稿でカットした。

それがあることで、
本来の力強い魅力を、かえって削ぐことがある。
ややこしい目くらましになり、
地金のよさまでたどりつかせていないことがある。
ゴテゴテしているのだけが最高なわけではない。
削ぎ落して、ようやく輝く魅力だってある。

強い話はシンプルでもおもしろい。
その自信がない人、
それが伝わり切るか心配な人は、
ついつい下手な化粧をしてしまうのだろう。

鏡を見れればいいのだが、
そもそもその鏡を見る基準が狂っていては、
正しい判断などできるわけがない。

わかっちゃいるけど、
その罠にはまっているどうかを自覚することは、
とても難しいと思う。

しばらく離れないと、
それを自覚できないよね。


アレはウィングパーツとか、エアロパーツにすぎないぞと。
ペラペラだから、外せるし、外したほうがいいな、
と思えるまで、
冷静になることだ。

批判や疑心暗鬼にとらわれると、
何が本体で何がエアロパーツなのか、
区別がつかなくなることが多い。


そういう時にお勧めなのは、
新作を書くことである。
僕は次の作品を書きはじめていて、
ああ、あれは余計だったな、と自覚したので、
14稿目を書くことにした。



脚本はよりよくなるよ。
ちゃんと正しく冷静で見ることができればね。

それは本体の本質的な部分か?
それはあとづけの追加エアロパーツなのか?
そもそも、その話の本質ってなんなんだろう?
それがぶれているとき、
ウィングパーツなのに気づかないということが、
まれによくあると思う。

追加のウィングパーツとかエアロパーツの何が問題か?
「こすい」ことだと思う。
ちょっとした追加や修正で、よくなったような気がしている、
その考え方がこすいと思う。
そのこすさは、なんか伝わるんだよ。
これいらないのに、って思いがわかるのさ。
posted by おおおかとしひこ at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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