2025年11月14日

タイムループの基本、やり直し系……だが(「MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」評)

タイムループものは、
「あの時をやり直したい」という人間の思いを SF物語に落とした形式、
といってもよい。

「広告代理店の追い込みの徹夜の1週間は、実はタイムループしているのだ」という、
「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」の、
「文化祭まであと1週間だという1日を繰り返している」の別のバージョン。
夢から悪夢へ変更したものだと思うとよい。

そして「オールユーニードイズキル」のような、
ループゲームからの脱出もの、と考えると大きな構造はつかめる。
全体的なテイストは「サマータイムマシンブルース」みたいな、
ライトコメディ風。

しばらくネタバレなしで続けます。


「プレゼン前1週間の地獄の日々が、
実はタイムループしているのだ」というのは面白いアイデアだ。

広告やったことない人にはなぜこんなにつらいのかわからないかもしれないが、
僕はこの業界にいたのでドンズバな世代。
コロナ前、働き方改革の前はずっとこんな感じだったが、
今はこんなのほとんどないので、
この時代のリアリティ、どっかいっちゃったんだなあ、
と昔話を見ているような気分にはなる。

主人公が、
単に仕事をしているのではなくて、
「実はこっそり独立して向こうの事務所に移籍しようとしていて、
この仕事をなんとか完璧に終えたい」
という内的動機があるのもポイントだ。

しかし、「恋はデジャブ」
「オールユーニードイズキル」をネタバラシしたらダメじゃん。
そういうタイムループ脱出ゲームもの、
ということがわかってしまう。

中盤、
ラスボスを攻略するために、
上申していく、というのはアイデアとしてはなかなかだが、
いきなりラスボスを説得すればいいのに、
というのはうがった見方なのだろうか。
話を複雑にするためにわざとやってるのがちょっと見えてしまう。

その代わり、社内の一体感があって、
「みんなで一丸になる」という仕事の醍醐味が表現できていたのは、
おもしろかったがね。

限定されたシチュエーション、
表情豊かなキャラクター達、
見たことがない有名でない演者たち、
などから、
有名な舞台劇の映画化でも見ているような錯覚を起こす。
そうそう、映画的物語というのは、
演劇でもあった。

おはなしの面白さとは何か、
ということを考えると、
豊かなキャラクター性と、おもしろげなシチュエーションになるわけだ。

まずおもしろげなシチュエーションを持ってきて、
次にキャラクターを掘っていく、
という王道をうまくやっていた脚本であった。

コメディに徹していたのもよい。
ずっと笑いのトーンがそろっていたのも、舞台劇っぽいな、
ということに寄与しているかもしれない。


この脚本、story by take Cとなっていたんだけど、
調べると10人くらいの共同脚本らしい。
まとめたのは二人くらいだけど、
アイデアを練りまくったのだろう。
1個1個のディテールが面白かったので、
凝った作品だなあとは思っていたが、
そういうことなのか、と思う。

統一性があるものじゃなくて、
結構バラバラなものを雑多に煮たなあ、
という印象は、そういうことっぽいな。


さて。後半のテーマ性の話を。
以下ネタバレします。







で、これがなんなのか、
を示していくのが物語の後半、
テーマ性である。
タイムループものの王道、やり直しだ。

これが、主人公のやり直しではなくて、
社長のやり直しになっている、
というのがちょっとユニークだったね。
だから、主人公よりも、社長に感情移入してしまう。

社長は50になっちゃうーとかいいながら
(世間の50、だいぶ老けてるな)、
昭和のノリをずっとやってる「ずれてる人」という扱いを受けている。
いまだにジャンプを買ってくるし
(これはまだ漫画家を諦めきれていないというせつない伏線なんだけど)、
「今からサクッと飲みに行く人ー?」
と聞いても誰も答えないし、
そんな人の内面の恐怖(連載なんて無理だ、こわい、僕にそんな才能があるはずがない)
まで掘り起こしていく一連の過程は、とてもおもしろかった。

(ただし、そんな全員がペン入れできるほど絵うまくないやろ、とは思うけど、
デザイン事務所系なんだろうかね)

それはまるで文化祭の徹夜のようで、
僕はこの雰囲気がすごく好きなんだよな。
そして、最後の達成感も。
それが好きでこの仕事やってるようなものだから、
みんなこれが好きなんだなあ、
と思って大変たのしかった。
(「うる星やつら2」をベストムービーにあげたいのも、
そこが理由)

だが、だがしかしよ。
「また生まれ変わりたいか?」「もういい、満足した」
という人生ループの結論は、
「百万回生きた猫」ではないか!

そこがなー、つまらんなー、と思ってしまったのよね。

これらの元ネタを知らない人たちにとっては、
すべてが初出で新鮮なのかもしれないが、
僕には同工異曲に見えてしまうため、
「あれで見た」「これで見た」となってしまう。

「うる星やつら2」「恋はデジャブ」「オールユーニードイズキル」、
そして「百万回生きた猫」。
これに昭和風味を足して、
「サマータイムマシンブルース」や「キサラギ」的なノリにしたもの。
分解の方程式がみえてしまう。

いや、その元ネタよりもジャンプしていれば、
それは藍より出でて藍より青しなんだけど、
そうなっていないのが問題だと僕は思った。

たしかに部長の漫画が完成して、
落ちのコマがはまったところは、
達成感と感動があるのだが、
ふと冷静になると、「で?」と思ってしまう。


主人公は一応変化する。
憧れであったコピーライターが、
そんなに憧れられない(仕事は孤独で、他人のことはほっておけ)
人なのにがっかりして、
まるで家のような小さなここで頑張る、
と思うまでの変化は少し面白かったが、
それよりも、社長のドラマのほうが面白いので、
「なんで自分よりみんなを優先するんですか?」
というドラマのほうがよく感じてしまう。

主人公は「自分を優先するより、みんなといることを選ぶ」
という結論になっているから、
そこが逆でねじれているんだよね。

そこらへんがもうひとつきちんとおちれば、
藍より出られたのではないだろうか。

主人公の行動が薄い、というのもある。
ラスト、相手の広告代理店に、断りの電話を入れるかわりに、
社長が言ってしまって、
おいしいところを全部持って行ったのが惜しいな。

「ごめんなさい、でも主人公は悪くないのです、
私が全責任を取ります、この会社をつぶしてもいい、
その代わり主人公だけはあなたのところへ行かせてください」
と社長が悪者になり、
主人公が電話を慌ててとり、
「私はそちらへ行きません。この楽しい会社に残ります」
と宣言しないと、
カタルシスがないんじゃないか。
社長が勝手に言ってしまったことがカタルシスになってしまっているので、
結局社長が主人公になってしまっている。

主人公が人生の傍観者になるのではなく、
主人公が人生を回していかなければならない。

彼氏の問題も自分で決着をつけるべきだし、
愛すべき会社のメンバーに今度会ってよ、
って話をしてもいいくらいだ。
サクッと飲みに行く人ー?と社長が言ったのに対して、
みんな手を挙げて、
そこに彼氏を呼んでもいいじゃないか。
そういう幸福な大団円があってもよかったと思う。


ついに「月曜」が来ても鳩が衝突しなかった、
というのはよいラストショットだ。
月曜はまた来るが、それはループなのではなく、
新しい朝だ、
という意味になっていて大変よい。
しかしそれは社長の新しい朝であり、
主人公にとっては新しい朝じゃない気がするのが、
ちょっとモヤモヤするところだな。

そうそう。「月曜」とか「金曜」とか出るのは、
「台風クラブ」「エレファント」、
それを下敷きにしている「霧島、部活やめるってよ」
だなあ。
何を元ネタにしているか、
わかってしまう人ほど、
これを評価しないんじゃないかしら。

それらに比べて、何が超えたポイントなのか?
って部分を見るからね。


で、すっきりしないラストになってしまったからこそ、
エンドロールあけの、
謎のワンカットを置いてしまったのでは?
あれ意味わからんよな。
(ネットで検索すると、また新しいループが始まっている説があった。
だとすると蛇足だな。
「侍タイムトリッパー」のラストくらい、
セルフパロディ味があって、よろしくない)

あれはラストにまだカタルシスが足りないからと、
余計な塩コショウをかけてしまったパターンだと思う。
ラストをもっと練るべきだった、
という判断ができなかったのだろう。


全体的に良作であるが、
芯の部分の創作が足りていない、
たまねぎの芯がない、
みたいな感じだったな。
posted by おおおかとしひこ at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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