タイムループものつながりでこちらを。
演劇と映画の差異について考えたい。
あー、京都の小劇場がとても懐かしい。
僕はここに留まるという人生の選択肢、
あったかもしれない。
でも僕は映画がやりたかったんだよなー。
映画と演劇の違いについて。
ネタバレありです。
先日みた「MONDAYS」と同じく、
ループもの。
密室劇、癖の強いキャラクター、
コメディ、
ループから脱出するという大目的は共通。
ちょっとエモい恋愛があるのが、
こちらの勝ちかも知れない。
「時間を止めたい理由」がそれぞれ違ってて、
そこにエモさがちょっとあるのが関西風だな。
僕はこっちの味付けの方が好き。
2分だけの逃避行がいいよね。
最高に美しい雪が降ってるのもいい。
撮影大変そう。
リハしたら足跡つくから、
あそこは気合いの撮影だったと思うとすごい。
車の中にカメラ入って、
ワイパーで雪落としてるうちにカメラが後部座席に移動するのが、
マジ職人技。
そしてオチはまさかのタイムパトロールかよ。
みんなでエンジン吹かすのに、
最後は猟師まで持ってくる展開に拍手。
ストーリーのキレはこっちのほうがよくて、
さすがヨーロッパ企画。
でね。
これ、演劇で見たら「あーおもしろかった!」
で終わったと思うんだよ。
でもこれ映画なのよね。
映画と演劇はなにがちがうのか?
記録として残るか、生かの違いだと僕は思う。
生はね、100%でなくてもいいと思うんだよ。
失敗や成功も込みで、
一回性の人生と同じで、
この役者たちと舞台との出会いを楽しむものだ。
キャバクラもそうだ。
この60分の生の時間を楽しめればそれでいい。
飲みに行くのもおなじだと思う。
でも映画はそうじゃない。
もっと細かく、綿密で、
永久保存するべきなにかをつくる。
だから、
「それがなにか」
「それが全体で何を意味するか」が決まっちゃうのよね。
それがあって、
「なるほど!これは一つの物語であった!」
と締まらないと、
ダラっとなっちゃうんだよ。
つまりテーマだ。
貴船は未来に賑わってる。
フランスへ行くけどたぶん帰ってくる。
ラスト、お参りからがそれを描くチャンスだった。
僕は逃げずに、
「3日で修行終わりますように」って言わせるべきだったと思う。
で、彼に、
「きみがフランスに遊びに来ますように」って、
ちゃんと言わせるべきだったと思う。
月との恋愛が成立するんだから、
貴船とフランスぐらいなんてことないだろ、
って思わせて、
「きみがフランスに遊びに来る日を、
未来で待ってる」ってしないと、
「未来を動かす」ことのテーマに落ちないと思う。
失恋じゃない、というところで終わると期待してる観客に、
答えきれてないと思った。
演劇だとそんなきれいな結晶にはならない。
ライブだからね。
でも映画は、時間の結晶だと思う。
「立ち止まってた人生が、未来に希望を持つことで、
動き出す」という結晶にするべきだと思う。
それが、記録として永遠に残るものと、
1回で忘れられるものの差だと思う。
ライブがたくさんあったとして、
でもあのライブだけは奇跡だったよな、
あれは記録に残したいな、
というのが時間の結晶である、
映画だと思う。
その後2人が別れても結婚してもどっちでもいい。
貴船は恋愛成就の神社で、
そのお守りをもってるわけだ。
なんで最後にそのお守りを渡して、
「貴船は逃げない」って言わねえんだよ。
その思いの純粋さこそが、
時間の結晶という魔法だろうに。
以下自分語り。
僕は京都で学生をやってるときに、
何度か貴船にいった。
数年前一人旅でまた貴船に行ったんだけど、
京都は逃げないな、って思った。
そういう磁場が京都にある。
それを生かさないで何が京都やねん。
そういう意味で、
僕は京都の創作界隈が中途半端に思えて、
中央に出てきて勝負しようと思ったのだった。
低予算だよ。でもロケーションは最高だ。
キャストたちは芸達者でキャラがいい。
雪を生かしてて最高に絵はいい。
あとは、テーマだけやんか。
実に惜しい映画でした。
結晶化しないから、
劇作家は何本も量産できるのかもしれない、
と逆に多産の人たちをうらやましく思う。
「ドロステの果てで僕ら」もみなきゃな。
2025年11月14日
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