2025年11月15日

イコンの不在

舞台演劇的な、タイムループものを立て続けにみた。
「MONDAYS」「リバー、流れないでよ」だ。
どちらも面白かったが、
決定的に足りないものがあると思った。

イコンだ。

(以下ネタバレなしでつづけます)


イコンとは強力な一枚絵のことだ。
それを見れば「あああの作品ね」とか、
「あの場面を思い出す」になるような、
オリジナリティの高い絵のことだ。
面白い映画には必ずそれがある。
そしてそれがポスターになる。

2作とも、「ループする」という話だから、
一枚絵になりづらい。

「MONDAYS」の方なら、
ギリ会社から出たらみんなが徹夜してる朝の会社につく、
みたいな絵を描くことはできるが、
それが作品を象徴してることかなあ?

「リバー」のほうは、
貴船神社の階段は美しいが、
その前にキャラクターが並んでても、
作品の内容を表したことにはならない。

つまり、ループは絵になりづらい。

「MONDAYS」は、
まだ絵によるイコン化を図ったあとがある。
「窓に鳩がぶつかる」
「鳩のマークを両手でつくって、机にドン!」だ。
これはループに気づくことを意味したものなので、
「世界がループしてる?」
までは象徴出来るかも知れない。

だが、初見の人が鳩のポーズや窓にぶつかる鳩の絵を見て、
「月曜に会社がループする話かー!」
と理解できるわけではない。

つまり、ループものは絵にそもそもなりづらい。

「MONDAYS」には、
絵としてイコンをつくろうとした形跡はたくさんある。
みんなが会社で起きる朝、
ハンカチを落としたのを拾うやつ、
緑色のブレスレットを壊すやつ。
だけどそれらはすべてディテールにすぎない。

「リバー」はさらにない。
旅館の構造はおもしろく、
立体迷路のようであったが、
一枚絵として象徴しようとは考えていなかったようだ。
短い2分のループは常に1カットで撮影されていて、
カメラがぶん回されていたので、
記憶に残りづらかったのもある。

それでもあの雪の中の逃避行は、
我々の記憶の中に永遠に残るイコンになる。かな?


僕は、
映画的物語とは、
複雑な現実のような話を、
複数のイコンにまとめあげること、
だと考えている。

どちらもお話はおもしろかった。
だけど、
名場面が絵として残っていないので、
映画としては三流だと思ってしまう。
とくにテーマが不在で、
ああ、これを言いたかったのか、
と象徴的な場面がないので、
「流れていっておしまい」なんだよね。

テーマがないが故に、
テーマを示す絵がないわけだ。

「ロッキー」にはある。
ボロボロのロッキーが「エイドリアーン!」と叫ぶ絵だ。
女を愛するただの男が、
やってやったぞ、
俺はお前を愛する男だ、
何者かになったのだ、
という自分探しの結末がイコンになっている。

だからスタローンはスターになったし、
そのロッキーのポスターが街中にあったのだ。

公開時の実際のポスターは、美術館の階段をかけあがり、
両手をあげて朝日に吠える後ろ姿なんだけど、
そんなの誰もロッキーだと思ってない。
我々のイメージの中のロッキーとは、
ボロボロで目が腫れて血まみれで、
それでもエイドリアーンって叫ぶ姿である。
それがテーマだからだ。

これが公開時。
IMG_6365.jpeg

そして、Tシャツ版しか探せなかったが、
当時はこういうのをよく見た。
IMG_6360.jpeg

こっちのほうがイコンになってるよな。
テーマに近いからだ。


そんなイコンに匹敵するなにかが、
2本の映画には足りなかった。

「MONDAYS」はこうだった。
IMG_6366.jpeg

同じ人が何回も社長を説得してる、
って絵だったのか。
僕はパッと見ごちゃごちゃしてるので、
何人もの人が真ん中の人に何かしてる絵にしか見えなかった。
これを見て「タイムループ」は無理でしょ。
1週間を会社内でひたすら繰り返す話なんだから、
カレンダーでやればいいのに。
日曜と次の月曜が繋がってるカレンダーをつくって、
そこで右往左往する人々と上司を乗せればいいのに。
IMG_6367.jpeg

もう1枚はさらにわからない。
タイムループに気づかせるための「鳩のポーズ」
だと見た人にはわかるが、
未見の人に理解させるのは無理だ。
変な顔した人が変なポーズを取ってるだけだ。
しかも手がいまいち鳩っぽくないので、
思い出すこともしんどい。
せめて鳩のポーズをわかりやすくして、
しかも後ろに窓があって鳩をぶつけるべきだろうに。

タイトルが「MONDAYS」もわかりづらいよな。
「無限ループ月曜日」でいいと思うけど。
「何度やっても月曜の会社に戻っちゃうんです」でもいいかも知れない。

「リバー、流れないでよ」はこちら。
IMG_6368.jpeg

いや、貴船神社の階段のロケーションはいいよ。
雪も美しい。
でもさ、これでループものは無理がある。
有名人がたくさん別のポーズで出てればまだわかるが、
知らない人なのでおかみさんがいっぱいいるようにしかみえない。
かなりイコン化に失敗している。
これじゃ誰もわからない。


「リバー」のほうにはチャンスがあった。
貴船神社の恋愛成就のおまもりだ。
これをテーマの象徴にできたはず。
冒頭でお参りしてた乃木坂の可愛い子は、
そのお守りを買っていたから、
それを貫いてテーマにできたはずなのに。

そのような、絵とテーマが結びついた、
強いイコンがなかったことが、
つまり、
テーマ性がなかったことが、
僕には敗因に見える。


実際、僕はこの2つの作品のポスターには、
何一つ惹かれなかったもの。
「おもしろそうな話だな」と思えなかったもの。
世の中の評判を聞いて見ただけで、
何も調べずに見ただけだ。

つまり、象徴性の失敗は、
観客の動線にも失敗してるし、
そのあとの記憶の定着にも失敗している。


映画は希少な絵で人を惹くべきだ。
そしてそれがテーマを象徴する、
力強い絵になっているべきだ。

根本的なことが、欠けていたのが残念だ。


え?「いけちゃんとぼく」のボスターは?って?
僕は大反対したが宣伝部が勝手に決めたんだよ。
相談はなかったし、
ある日突然刷り上がったポスターを見せられて、
変える権利は僕にはなかった。
僕はその出来の悪さに大変に怒り狂ったが、
そのまま強行された。
映画の内容を台無しにしたあのポスターに関しては、
今だにあいつらは死ねばいいと思っている。

そしてそのことが、
「わかりやすいテーマ=イコンがなければ、
宣伝部が低い理解力で勝手にやってしまう」
という教訓を生んでいるわけだ。

もちろん、脚本や監督を超える実力のデザイナーがいて、
「あんたたちの話はこの一枚絵で象徴できるぜ」
と絵をかいてくれる可能性はなくもない。
だが、それを期待して生きるべきではない。

脚本家自身が、自分でイコンでテーマを象徴するべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック