よく言われることだが、
僕は技術者側なので、「よくないこと」まであるとは思わなかった。
ツイッターから。
> これ大学界隈でたまに話題になるけど、研究者は意図したかに関係なく間違ったことを言うことを「嘘をつく」と表現するんだけど、意図的に間違ったことを言った場合にしか「嘘をつく」と表現しない人もいるので、混乱を招いている
https://x.com/myuuuuun/status/1980236374277324847?s=20
ので、そのギャップを埋める話でも書いてみる。
営業と技術職という一般的なカテゴリ分けで議論するか。
技術者と営業の世界観が違っていることから、
このギャップは生まれていて、
技術者は営業から一方的に信頼されてなくて、
営業は技術者から一方的に馬鹿にされている、
という齟齬が起こっていることが問題である。
それはひとえに「嘘」というものに対する考え方の世界観の差だと思われる。
どうやら、営業にとっては、
嘘は全部悪らしい。
嘘をついて人を騙そうとしたら、永久に信頼を失い、
悪い人扱いになるそうだ。
「間違いでした」なら問題ないのに、「嘘でした」はダメらしい。
なぜなら、嘘とは、人を陥れようとする悪い心の発露であり、
悪は永久に善にはならないからだ。
え、それって世界の味方が浅くない?
しょうがない。営業というのは、
誰が味方で誰が敵か、という世界に生きていて、
技術職よりも広範囲に世界をとらえている。
つまり、技術職の世界よりも広いから、
浅くないと全体が見えないのだ。
その代わり仕事を取ってきてくれるのだから、
技術者はその浅さに感謝しなければならない。
で、営業職の浅い人たちは、
技術者はもっと深い所で生きている、と思ったほうがよい。
あなたたちが仕事を得るために、
信用を得るために駆け回っている間、
技術者たちは同じ部屋の中でずっと技術の深いところに潜って日々より正しいことをやろうとしている。
技術者は科学者である。
つまり金や信用よりも、真実に対して信仰を持つ人たちだ。
かれらはときに金や信用や敵味方よりも正しさのほうに価値を見出す。
だから、自分がいかに技術をきちんと把握しているかが、
自分の誇りであり、アイデンティティになっている。
賢さを自慢する人はほぼいない。
なぜなら彼らにとってすべての技術を身に着けることは不可能であるからだ。
技術者は常に「自分の知っている部分」と「知らない部分」の領海を知っていて、
大海の中に自分の知ってるだけの島をつくって、
暮らしている。
だから、すべての知らないことに対して、
好奇心もあり、謙虚に知らないことは知らないという生き物なのだ。
すべてを知ることはできない。
その前提で日々生きている。
さて、こういう人たちは、
ある技術的なことに対して、
自分の知識や経験や計算によって、
とある結論を出す。
しかし、その一部が間違っていることはよくある。
それが自分のミスによって引き起こされたものであるならば、ミスでしたとなるが、
「自分が知識や技術を勘違いしていたことで、
真実ではない誤った発言をしていた」ことに対しては、
非常に罪を感じる。
真実の世界で生きる人たちが偽証をしてしまったことに近いからだ。
だから彼らはその罪悪感から「嘘をつきました」といって反省するのだ。
自分の技術の範囲の狭さ、未熟さにだ。
もちろん、すべての技術を知り、応用することはできない。
だけど、知らないことに対して知らないとわからずに、
勘違いして知っていることだと思っていたことに、
彼らは罪を感じるのだ。
だから自分の発言は、嘘という罪に値する、
というくらいに、
責任感が強いのである。
嘘つきました、という技術者の言葉は、実は重い。
てへへ、嘘でしたぴょーん、という浅い反省ではないことが多い。
その無知によって、技術内容によるが、人が死んだりするからね。
だから、神(この場合、真実と科学の神)に、
嘘をつきました、と告解しているのだ。
営業が嘘をつく場合、誰かを騙そうとしている悪意があるだろう。
だが、技術職の嘘は、粉飾決算などではなくて、
純粋に私の無知が結果的に嘘をついていることになりました、
という営業的な内容ではなくて、技術的な内容の反省をしているのだ。
営業が技術的な嘘をつくことはないだろう。
だから技術的な嘘ではなくて、営業的な嘘を、
嘘の範囲だと考えてしまうに違いない。
そうでなくて、嘘には種類があるということだ。
これを、浅くてその分広大に広い世界で生きている、
営業職は、考えることができないのだと思う。
むしろ、粉飾決算などをして、営業的な嘘をつく技術者がいたら、
全技術者から、嘘つきとして、追放を食らうだろう。
だが、技術者が知らないことがある、と告白して、
勉強を続けることは善である。
知らないことを知ってると勘違いしたことが、
罪なのだ。
だけど、悪ではない。罪なだけだ。
こうした技術者の人生を知らないと、
営業的な常識での嘘しかない、
と勘違いするのは仕方がないとは思う。
技術者は、性善説の世界で、真実の神に使える修道士のようなものだ。
営業職は、嘘をつき他人を騙する弱肉強食の世界で、嘘をつかずに誠実に仕事を取ろうとする人々である。
お互いの住む世界が違いすぎるので、
僕は、
若いころにジョブローテーションというか、
研修で現場につけるのを、両方やったほうがいいと思っている。
技術者が営業のことを知らないと商売のことがわからないし、
営業が技術のことを知らないと、
自分の会社が何で儲けているのか知らないまま、
適当に話を合わせてくることしかできなくなる。
自社の技術に誇りも持てないし、
他者の技術を研究して、自社の強みも理解できまい。
技術だけでも仕事が取れないし、
営業だけでもなにも提供できない。
会社はお互いが苦手なことを得意なことで補う仕組みのはずだ。
というわけで、
技術者はたまに嘘を意図せずついてしまうことがある。
もしあなたを騙そうとしているのなら、
それを告白することがどうかしてると思うがね。
「嘘つきました」は、技術者の、
誠実さの証だと思うといいよ。
2025年11月24日
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