二人が向かい合って、しゃべっている場面。
実に地味である。
絵的にだ。
だから、なるべくこれを排したい。
だけど待ってくれ。
逆に、これ以上予算にやさしい場面はないのだ。
俳優を二人集めて、
座るなり立たせるなりして、
何かしゃべらせれば映画になる、わけである。
日本映画が地味なのは、こういう理由じゃないかしら。
しゃべらせれば絵になるような、
イケメンや美女がいるから、
ただしゃべらせれば画面は持つ。
そして、何やら難しいことを言ってしたり顔してれば、
日本映画になってしまう。
あるいはちょっとした高尚なユーモアでもいいよ。
こればっかりやっているから、
地味な日本映画の、訳知り顔が出来上がるのではないかね。
さて。じゃあ、この地味な絵を突破するには?
途中で立てばいい?
途中で3人になればいい?
途中で3人から2人になればいい?
走ればいい?
爆発したり殴ったりすればいい?
色々あるに違いない。
で、「それはなんで」?
なんで立つの?
なんで3人になるの?なんで1人減るの?
なんで走るの?
なんで爆発するの?殴るの?
つまり、
「ただ二人が話しているだけの地味な絵」でないものには、
すべて理由がある。
そもそも、「その二人が会ってしゃべる」ことに理由があるものかな?
つまり、
「すべて理由のある、派手な絵」と、
「すべて理由のある、地味な絵」が、
映画である。
すべて派手である必要はない。
すべて地味である必要もない。
すべてはストーリーであり、必然性だ。
なんでそういうことになるのか。
その結果どうなるのか。
それだけが唯一その場面がなぜそうなのかを説明する。
あなたのストーリーで最も地味な場面はなにか。
なんでもいいよ。
選んでみたまえ。
それが、二人がただしゃべっている絵になるなら、
たぶん日本映画っぽくなっているね。
でも案外そんな場面が少なくて、
他に色んな場面があるなら、まあまあ面白いかもしれない。
逆に、「ただ座ってるおっさんたちが必死でしゃべっている」
だけの地味な絵しかないのに、
傑作になっている「11人の怒れる男」もある。
絵が地味であることもあるが、
内容が地味でなければいいのかもしれない。
いや、地味なのにめっちゃ面白い話もあるかもしれないので、
結局おもしろいか、おもしろくないか、がキモになる。
地味な場面をピックアップしよう。
派手な場面をピックアップしよう。
「11人の怒れる男」ですら、
派手な場面はある。
ナイフが机に突き立てられる場面だ。
これが第一ターニングポイントになってるのが、
この映画の凄いところよね。
2026年01月24日
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