2026年01月24日

一番地味な場面は何か

二人が向かい合って、しゃべっている場面。


実に地味である。
絵的にだ。

だから、なるべくこれを排したい。

だけど待ってくれ。
逆に、これ以上予算にやさしい場面はないのだ。
俳優を二人集めて、
座るなり立たせるなりして、
何かしゃべらせれば映画になる、わけである。

日本映画が地味なのは、こういう理由じゃないかしら。

しゃべらせれば絵になるような、
イケメンや美女がいるから、
ただしゃべらせれば画面は持つ。

そして、何やら難しいことを言ってしたり顔してれば、
日本映画になってしまう。
あるいはちょっとした高尚なユーモアでもいいよ。

こればっかりやっているから、
地味な日本映画の、訳知り顔が出来上がるのではないかね。


さて。じゃあ、この地味な絵を突破するには?

途中で立てばいい?
途中で3人になればいい?
途中で3人から2人になればいい?
走ればいい?
爆発したり殴ったりすればいい?

色々あるに違いない。
で、「それはなんで」?
なんで立つの?
なんで3人になるの?なんで1人減るの?
なんで走るの?
なんで爆発するの?殴るの?

つまり、
「ただ二人が話しているだけの地味な絵」でないものには、
すべて理由がある。
そもそも、「その二人が会ってしゃべる」ことに理由があるものかな?

つまり、
「すべて理由のある、派手な絵」と、
「すべて理由のある、地味な絵」が、
映画である。

すべて派手である必要はない。
すべて地味である必要もない。
すべてはストーリーであり、必然性だ。
なんでそういうことになるのか。
その結果どうなるのか。
それだけが唯一その場面がなぜそうなのかを説明する。


あなたのストーリーで最も地味な場面はなにか。
なんでもいいよ。
選んでみたまえ。
それが、二人がただしゃべっている絵になるなら、
たぶん日本映画っぽくなっているね。

でも案外そんな場面が少なくて、
他に色んな場面があるなら、まあまあ面白いかもしれない。

逆に、「ただ座ってるおっさんたちが必死でしゃべっている」
だけの地味な絵しかないのに、
傑作になっている「11人の怒れる男」もある。

絵が地味であることもあるが、
内容が地味でなければいいのかもしれない。

いや、地味なのにめっちゃ面白い話もあるかもしれないので、
結局おもしろいか、おもしろくないか、がキモになる。


地味な場面をピックアップしよう。
派手な場面をピックアップしよう。

「11人の怒れる男」ですら、
派手な場面はある。
ナイフが机に突き立てられる場面だ。
これが第一ターニングポイントになってるのが、
この映画の凄いところよね。
posted by おおおかとしひこ at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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