ストーリーとは戦いである。
殴り合ったりしなくても、
コンフリクトが中心になっている以上、
何かしらの戦いがある。
そしてもっとも大きな戦いは、クライマックスにある。
じゃあ、それは何を決める戦いになるのだろう。
スポーツものなら、おそらく決勝戦がそのクライマックスになると思う。
試合の行方を決めるのが、
最後の大一番になるわけだ。
だが、その勝ち負けが何を意味するのかが、
ストーリーなのだ。
勝ったほうが強い、というストーリーなのか、
勝ったほうが価値のある人生を歩む、
というストーリーなのか、
勝ったほうが正しかった、というストーリーなのか、
勝ったほうが努力家だった、というストーリーなのかで、
勝利の意味はまったく異なる。
だから、スポーツの試合Aで、
べつの価値Bを表現しているわけだ。
Bを直接バトルさせることが出来ないから、
Aの結果で決めようぜ、ということだ。
あなたのストーリーのクライマックスは、
どういうAのバトルが待っているだろうか?
喧嘩か、スポーツか、
競争か、プレゼン大会か。
なんでもいい。おそらく大きなバトルが用意されているだろう。
なにせクライマックスだからね。
でも、その勝利が、
どんなBを示してるのか、
見ている側はしっかり分っているかな?
それを確認する最後の機会は、第二ターニングポイントだと思う。
ゴールがどこにあるのか、Aの勝利である、
のように確認して、
それがどういう意味Bになるのかがわかるようにしておくと、
単なるスポーツの試合として見るのではなくて、
価値Bの争いを代理戦争として見ることになるわけだ。
見かけはただのレースかもしれないが、
これが勝つことが人生を左右して、
なおかつ、主人公の主張Bが正しく、
アンチテーゼ-Bは間違っていたのだ、
と示すことが出来るから、
クライマックスは盛り上がるのだ。
それは、全編テーマとして描いてきた価値Bが、
最終的に正しいことを証明する行為でもある。
だから、がんばれと応援するんだよね。
つまり、
主人公の価値Bに感情移入していなければ、
ただのバトルAを見るだけになってしまって、
見世物的価値しかなくて、
物語的価値がないことになってしまう。
そうなっていないか、確認したまえ。
第二ターニングポイントをチェックしたり、
他の場面でそれを暗示していないかを確認するだけでよい。
「この勝利は、〇〇〇という意味になるな」
というようなことを確認してないならば、
どこかでまず確認する場面をつくりなさい。
明示でなくて暗示でもいいよ。
わかればいいので。
ただスポーツの試合に勝利することが、
映画の目的ではない。
価値の勝利になることが映画の目的になるようにすること。
そうでなければ、
感情移入は起こらず、
ただの派手な見世物を見て終わるだけだろう。
あなたの主人公の勝利は、何をもたらすのか?
敗北は、どういう価値を失うことになるのか?
「もし負けたら、〇〇という価値が意味がないことになってしまう」
というような説明セリフでもいい。
一回主人公に言わせてみると、
「何を争っているのか」を、明確にすることができる。
もし明確でなかったとしたら、
それまでテーマを描くことに失敗している証拠かもしれない。
2026年01月25日
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