2026年01月25日

それは、何を決める戦いなのか

ストーリーとは戦いである。
殴り合ったりしなくても、
コンフリクトが中心になっている以上、
何かしらの戦いがある。
そしてもっとも大きな戦いは、クライマックスにある。

じゃあ、それは何を決める戦いになるのだろう。


スポーツものなら、おそらく決勝戦がそのクライマックスになると思う。
試合の行方を決めるのが、
最後の大一番になるわけだ。

だが、その勝ち負けが何を意味するのかが、
ストーリーなのだ。
勝ったほうが強い、というストーリーなのか、
勝ったほうが価値のある人生を歩む、
というストーリーなのか、
勝ったほうが正しかった、というストーリーなのか、
勝ったほうが努力家だった、というストーリーなのかで、
勝利の意味はまったく異なる。

だから、スポーツの試合Aで、
べつの価値Bを表現しているわけだ。
Bを直接バトルさせることが出来ないから、
Aの結果で決めようぜ、ということだ。


あなたのストーリーのクライマックスは、
どういうAのバトルが待っているだろうか?
喧嘩か、スポーツか、
競争か、プレゼン大会か。
なんでもいい。おそらく大きなバトルが用意されているだろう。
なにせクライマックスだからね。

でも、その勝利が、
どんなBを示してるのか、
見ている側はしっかり分っているかな?

それを確認する最後の機会は、第二ターニングポイントだと思う。
ゴールがどこにあるのか、Aの勝利である、
のように確認して、
それがどういう意味Bになるのかがわかるようにしておくと、
単なるスポーツの試合として見るのではなくて、
価値Bの争いを代理戦争として見ることになるわけだ。


見かけはただのレースかもしれないが、
これが勝つことが人生を左右して、
なおかつ、主人公の主張Bが正しく、
アンチテーゼ-Bは間違っていたのだ、
と示すことが出来るから、
クライマックスは盛り上がるのだ。

それは、全編テーマとして描いてきた価値Bが、
最終的に正しいことを証明する行為でもある。
だから、がんばれと応援するんだよね。

つまり、
主人公の価値Bに感情移入していなければ、
ただのバトルAを見るだけになってしまって、
見世物的価値しかなくて、
物語的価値がないことになってしまう。


そうなっていないか、確認したまえ。
第二ターニングポイントをチェックしたり、
他の場面でそれを暗示していないかを確認するだけでよい。
「この勝利は、〇〇〇という意味になるな」
というようなことを確認してないならば、
どこかでまず確認する場面をつくりなさい。

明示でなくて暗示でもいいよ。
わかればいいので。

ただスポーツの試合に勝利することが、
映画の目的ではない。
価値の勝利になることが映画の目的になるようにすること。
そうでなければ、
感情移入は起こらず、
ただの派手な見世物を見て終わるだけだろう。


あなたの主人公の勝利は、何をもたらすのか?
敗北は、どういう価値を失うことになるのか?
「もし負けたら、〇〇という価値が意味がないことになってしまう」
というような説明セリフでもいい。
一回主人公に言わせてみると、
「何を争っているのか」を、明確にすることができる。

もし明確でなかったとしたら、
それまでテーマを描くことに失敗している証拠かもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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