ちょっと前の(今もか?)の邦画の予告編は、
なぜか主人公がうわああああと声を張り上げるところを、
よく使っていた。
泣いたり叫んだりするのが映画じゃねえよ、と言われたし、
感情はそれだけじゃないだろうとも言われた。
で、仮にあなたの映画の中にそれはあるかな?
あるとしたら、どこだ?
悲しんで慟哭するとき、
怒りのあまり叫ぶとき、
達成感のあまり世界に自分の存在を叫ぶとき、
などなど、
色々な叫ぶがあるだろう。
仮に、クライマックス、
センタークエスチョンの事件を解決して、叫ぶとしよう。
その吠え声が、一番大きくなるべきじゃない?
もちろん、
そんな表現はべただから、
実際の脚本には、
「……」と黙ってその結果を受け入れるような、
静かな表現になっていることが多いだろう。
だけど、
仮に、達成して、
「うおおおおおおお!」と拳をあげて叫ぶとしようか。
そしたら、他の叫ぶシーンは、
これを100として、どれくらい?ということだ。
途中で泣き叫ぶシーンがあるとしよう。
80ぐらいがいいんじゃないか。
それが125とか、クライマックスを超えてたら、
クライマックスの感情レベルが負けていることにならない?
つまり、
「最も叫ぶところが、最も山になるべきだ」
ということを言おうとしている。
叫ぶポイント、
感情が振れるところをすべてチェックしよう。
その感情レベルをメーターにしてみよう。
50が平常心として、
マックスが100としよう。
友達が死んで泣き叫ぶシーンは、80くらいだろうか。
上司の理不尽に怒り叫ぶシーンは、75くらいだろうか。
喧嘩に向かうシーンは、90くらいだろうか。
そんな感じで、
適当に感情メーターをつけてみよう。
そして、最後のクライマックス、
すべてが解決して、
狼が吠えるように、
勝利の雄たけびをあげるとして、
それが100になっているだろうか?
逆に、落ち込むシーンは0になっているだろうか?
感情が下がっていくシーンは、40や20になっているだろうか?
大人だから、素直に感情を表現しないし、
日本人は急に叫んだりしないのだが、
これがインド映画だとして、
とても素直に表情を見せ、
アメリカ人みたいに感情を豊かに表現すると仮定する。
自分の映画をインド人やアメリカ人がリメイクすると仮定して、
自分のストーリーの感情メーターを、
叫ぶように仮定してみるわけだ。
そのときに、
欲しい数字に届いてなかったら、
ストーリーを書き直すべきである。
セリフやト書きや順番程度では変わらない。
○○は○○だというふうに変えるとか、
設定自体が変わるとか、
段取り自体が全然変わるとか、
ストーリーラインが消えるか、増えるか、
振りと落ちが変わるとか、
そういうことになるだろう。
欲しい数字よりも振り切れてたら、
それを下げてよりつまらないシーンにするか、
他をあげて、より山を高くするべきだろう。
今書いている話で、
第二ターニングポイントが叫びのマックスになってしまっていて、
これはよくないなあ、なんて思っている。
だけどよくできているシーンなので、
グレードダウンするわけにはいかない。
なので、
クライマックスをより高くするために、
また最初から考えないとなあ、
なんて思っているわけ。
それを考えるために、
「仮に叫ぶとすると?」
と考えると、
わかりやすい指標になるな、
などと思ったわけだ。
あとは、その大きな感情の表現を考えればよい。
叫んでもいいし、
そのへんのものを殴って壊してもいいし、
無言で耐えてもよい。
誰かにつかみかかったりしてもいいし、
ぐるぐる回ってもよい。
どうなるかはあなたの表現力しだいだ。
邦画が泣き叫んでいるだけだ、という不満は、
表現手段が毎回同じだ、ということにすぎない。
叫ぶほどの感情に支配されないような物語は、
物語として弱い。
叫べ。泣き叫べ。怒り叫べ。喜び叫べ。
その叫びこそが物語だ。
表現は、叫ばなくてもよい。
内面の叫びが、
物語に必要なだけだ。
2026年02月12日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

