2026年01月12日

状態を認識するか、変化を認識するか(「ズートピア2」評2)

また点と線の話をする。
大きくはネタバレ。


twitterで見かけた感想だけど、
「二人の関係性がいい」みたいなのであった。
そもそも点の吠え声であるtwitterだから、
感想が点になりがちなのもそうなんだけど、
結局、点での感想って、
「二人が決定的な亀裂を生じて、
また修復するまでの紆余曲折がよい」
という風には認識しないんだなって。

つまり、見終えたあとでの、
「色々あったけどそれを乗り越えて、
仲直りした仲良しの二人」
という結論の状態だけを言っているんだなあと。

それってつまり、
つきあっている恋人との関係性を見ているわけで、
それまでの紆余曲折はあまり関係がない、
みたいなことかもしれないね。

男さんが必死でロマンチックなデートをしようと苦労している中、
女さんたちがそのロマンチックはどうでもよくて、
恋人がロマンチックなことをやろうとしているところが好き、みたいな感じ。

点は人間関係だけを見る。
線は、その人間関係が、
最初はどうで、次はどうなり、
そして最後にはどうなったかを見る。
そしてその紆余曲折にどういう意味があったかを見る。

この物語の場合、
間違いなく「ちがうこと」だ。

ちがうから決裂して、
ちがうことを考えているからちがうのだ、
しかし芯のところでは、相手を思っている、
という「共通点」があるから、
違うところに共通を見つけるのだね。

この紆余曲折の面白さよりも、
二人の関係性という絆だけを見てしまうのが、
点を見ているということだ。


これを勘違いして、
ただ点の関係性だけを描いても物語にはならないよ。
その初期関係性が、
どのように壊れるか発展するかを描くのが物語だ。

でも見ている人は、
「関係性がよい」しか感想をいわないことに注意されたい。
決して関係性を静止状態として描いていたわけではないのだが、
記憶や認識は静止した状態として記憶するということ。

万有引力の法則は微分方程式なので、
星の運動を記述できるのだが、
普段は安定した太陽系のような状態としてしか認識できないのに似ているかなあ。


「こういう感想が生まれるような、
関係性を描け」は間違った指令で、
「こういう感想が生まれるような、
関係性が変化して、ダイナミックに落ち着くまでを描け」
というのが正しい指令だね。

感想を字義通りに真に受けると、
誤った方向に行くという見本になるだろう。
観客は脚本論を分かって感想をいうわけではない。
そのことを理解しながら、
ズートピアを読み解いていくとおもしろいだろう。
posted by おおおかとしひこ at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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