2026年01月17日

震えた、しかし(「フロントライン」評)

トップシーンがすごい。
途中、何度も目頭が熱くなった。
しかし、映画としての出来はいまいち。

それは、「あの時を経験した我々」という、
ハイコンテクストに頼りすぎているからだと思った。

以下ネタバレで。


よくできた映画は、トップシーンが全体やテーマを象徴するものが現れる。
それがとてもよかった。

揺れる船内の狭苦しい廊下で、
ずっと不安な閉じ込めからの、
森七菜がハッチをあけて、マスクを取って外の空気を吸う。

コロナを体験した我々が、
どんなに望んだ光景だろうか。
マスクを脱いで思い切り呼吸すること。
たったそれだけのために我々は3年我慢した。

もうあの呼吸だけで、色んなことを思い出したよなあ。
そしてあのダイヤモンドプリンセス号の、
タイタニックのようなフルCG。
あー、これは日本映画じゃなくて、
ワーナー映画の格の映画だ、と思わせる豪華なはじまり。

これだけで実はちょっと泣いたんだよね。
なぜなら、コロナの3年、とてもつらかったからだ。

つまり投影だ。
この映画が素晴らしかったのではなくて、
実は我々の側にドラマがあって、
それが投影されている仕組みだ。

能面は白いから意味がある。
そこに我々が勝手に投影することで成り立つ。


で、ちょっと泣きながら冷静になる。
「これ、もしあの3年を体験していない人が見たら、
わかるかな?」って。

今、この時点では、たしかにみんなの体験になっているが、
10年、20年たったあと、
コロナを体験していない世代が見たら、
なんのことなのか分かるのかな?

仮に我々がスペイン風邪の映画を見て、
当時の実感とかわかるかな?
マスクとアルコールがあればなんとかなるのに、
とずっとイライラするのだろうか?

つまり、文脈がこの映画の外にありすぎる、
超ハイコンテクスト映画なのでは?って思ったんだよね。


小栗旬、窪塚、池松、そして松坂の芝居はとてもよかった。
窪塚は存在感がとてもある。
そして「この時のために医療を志した」というシーンでは泣いてしまう。
「やれることは全部やる、結城ちゃんのそれが俺は好きなんだ」
なんて戦場でしか言えないことを言う男たちが熱い。
医療に従事していた人を尊敬する。
だけど、コロナを体験していない世代が見たら、(以下同)

構成としてはドキュメントチックだ。
セリフはときどき熱い。
偉くなってください。僕は人を助けるために官僚になった、
という場面もよい。

僕はね、こういうシンゴジラが見たかったんだよ。
ガッズィーラとか、
ぶつぶつ言っているだけのしょうもない芝居を見たかったんじゃないんだよ。
こういう芯を食った人間たちを見たかった。


でも。

彼らの戦いは合ってたんだろうか?
彼らは何のために戦ったんだろうか?
マスコミの人が来て、屋上で話すシーンは、
「あとから考えたらベストだったか」という、
架空の総括だったけど、
そうかな?って思ったんだよね。

もっと、「どんな性質をもつか分からないものに対して、
何もしないのではなくて、
死ぬかもしれないがやる」という不安さを、
描くべきだったかもしれないなあと思った。

たとえばキュリー夫人は見えない未知の放射能を研究して、
放射能に侵されて命を落とした。
コロナがどういうルートで感染するのか、
ずっとわからない状態だったはずだ。
飛沫感染するのか空気感染するのかすらわかっていない状態だったよね。

フィリピンの従業員たちを隔離しているシーン、
咳をする二段ベッドの人が、
ちゃんと咳を肘にしてたのは嘘だろって思ったね。
それ、だいぶあとになってできたマナーじゃん、って。
そんな状態で、小栗はマスクなしで臨むのは、
お前医療の素人かよ、って思ったんだよ。
演出上マスクなしにしているところもあります、という注意書きで、
それさえ書けば何しても許されると思うなよ、
って感じだ。

たしかにマスクをつけると、
誰が誰かわからなくなる。
表情も読めなくて、声だけが頼りになる。
フェイスシールドは反射がひどくて、
表情がわからない。
でもそれでも防御できてるか分からない。

開業前の病院で、院長が腹立たしく除染服を脱ぐのは、
とてもよかった。
その不自由さをもっと描くべきだった。

医療従事者だけじゃなく、
僕らもマスクをつけ、時にフェイスシールドをつけて、
仕事をしてたよ。
その感じがもっと欲しかったな。

あの二段ベッドのシーンだけ嘘をついてたんだよな。
あれって、「小栗旬も現場に行くべきである」
ということだったと思うんだよ。
それはいいんだけど、
「現場はこんなに大変なんだ」って、
知らない人に理解させるシーンとして機能するべきだったと思うな。
ゴム手袋さ、汗かいて不快なんだよ。
フェイスシールド、どっかにぶつけるんだよ。
マスク、不快なんだよ。
それを小栗が体験するべきだったんじゃない?


で。
「あれは何だったんだ」はちょっと弱いと思う。
アメリカにはそういう組織があるけど、
出動に3日かけてたら死ぬ人はもっと増える、
だから俺らみたいな柔軟な組織がベストを尽くした、
というのはわからなくもない。
だから日本人あげになって、
ちょっとした自尊心をくすぐっているだけに思える。

そうじゃなくて、
DMATはあくまで災害時のボランティアだけど、
感染症を想定していないのなら、
「感染症を想定する」、あるいはそれだけでなくて、
「あとはどういう事態を想定するのか」
まで踏み込むべきなんじゃないの?

福島原発は百年に一回の津波にやられたけど、
「百年に一回の事態を想定して備えるべきか」
「三百年に一回の事態はどうか?」
を、議論するべきだったんじゃないの?

それは、定性じゃなくて、定量の問題なんだよ。

備えるべきなのはそうなんだけど、
現実的に無限にコストはかけられないから、
どこまでを現実に想定しておく?なんだよね。
建築は百年は想定する。
医療は?
たしか3日くらいしか非常食料の備蓄がないとかいった話は聞いたことがある。
薬はどうか。

そんな定量的な話をしないと、
「今回は現場はベストを尽くしたが、
現場の後ろは定量的な議論をしていなかっただろう」
という話はしておくべきなんじゃないか。

「そんな未来に来るかどうか分からない災害に備えるより、
今の税金を安くしろ」という国民がほとんどだろう。

それに対して、政治は何ができるのか、
まで踏み込むべきだと思った。
松坂という官僚がいるから、余計にね。

松坂はとてもよかった。
冷徹な官僚に見えて、実は熱いやつだ、
というのはいいキャラ付けだった。
ただ、一人で政府を背負えていなかったねえ。
それはシナリオの問題だよね。
あれは、庶民が望む遠山の金さんだよ。
こっち側についてくれる、
ときには嘘をついてまで現場の正義を知ってる官僚。

それがゆえに、その場でごまかされている気がしたな。


2週間は終わった。
だから何?って感じなのがね。
「船長が最後に降りた」というのはとてもよかったが、
だから何?って感じなんだよね。

大変でした、はわかるけど、
そのあと世界はもっと大変なことになる。
そのことも含めた、
この2週間の教訓を、総括しておくべきだったんじゃないか。
たぶん、それがテーマになったはずなんだ。

その、芯のピースが欠けている気がした。


ドキュメントだったら、
それをやった人がそこにいるから説得力がある。
その人の存在がテーマになる。
その人の主張がテーマになる。

だけどこれは映画だ。
もっと煮詰めて、フィルターに濾して、
それを象徴表現まで昇華しないといけない。
それができていなかった。

一番良かったのはオープニングの森七菜のマスクを外して、
深呼吸するところだ。
でもそれは映画の結末とは対応していない。
あれから3年経たないとその時は来ない。
だから実は、
あのオープニングはラストシーンと呼応していない。
むしろ、これからマスクを着け続ける3年が始まるわけなのだから。

咳をするときは肘にする、
マスクをつけるのは飛沫の拡散防止のため、
味覚異常が有力な証拠、
熱はすごい出る、
後遺症が残るかもしれない、
アルコール消毒は有効、
ソーシャルディスタンスは守れ、
濃厚接触はしない、
テレカンで会えなくなる。

こんなことのいくつかを、
人々が学んでいく姿が欲しかったね。


命は救えた、しかしもともとの松坂の目的の、
コロナ上陸は(結果的に)防げなかったわけだ。

あの船からコロナが広まったわけではないと思う。
旅行者たちから広まったかもしれない。
陽性者ではないがウィルスを持つ人の咳から広まったかもしれない。
見えないからわからない。
その、見えないものが存在していることがわかっているんだから、
それを見る知性が欲しかったね。
我々は賢くなれる、その人類の知性が感染を防ぐのだから。

現場の熱さだけに引っ張られて、
そうした問題そのものへの知性が描かれていないのが気になった。
だって、じゃあ根性主義じゃん、ってなってしまう。

日本は残念ながらそういう国だ。
あほうな殿様を、現場の徹夜の頑張りでなんとかしてきた国だ。
太平洋戦争しかり、オリンピックしかり、
コロナしかり。
大体どんな企業でもそうやって来たが、
働き方改革とハラスメントで、
実はその現場の頑張りが評価されなくなってきている。
やめたあとの会社なんて知るか、
という転職者ばかりになり、
現場は疲弊しまくっている。

それを救うのはなんだろう?
知性以外にないと僕は思うんだよね。

現場が頑張りさえすればいいのか。
兵隊が熱ければそれでいいのか。
士気さえ上がればそれでいいのか。
現場の熱があがればあがるほど、
冷静にそれらを見ている将軍はどこにいるのか。

コロナは日本がどういう国かを暴いた。
そこまでシナリオで踏み込んでほしかった。
2週間で、この国がどういう国かわかりましたよ、
という話にしてもよかったはずだ。

その知性による考察が、
弱かった気がする。

日本初のコロナ映画というバイオニアとしては尊敬に値する。
だけど、第一の矢が、ベストではなかったと思う。
現場の熱さだけしか見ていなくて、良かったのか?
という反省点だ。

マスコミと阿呆な愚衆と、twitter(当時)の知性、
という典型的な対比はまあいい。
でもその先twitterランドはその愚衆がやってくる場所で、
マスコミは衰退していくことも、
視野に入れて物語をつくるべきだったと思う。
コロナを考察するってことは、
そこまでやることだと僕は思う。


つまり、
能面だったから、感情移入できるのだが、
その移入された感情は、
観客側にあるんだよ。
この映画としての感情移入が全然ない。

池松の家族のエピソードくらいじゃない?
それは物語性としては弱いよね。
小栗旬の背景や家族は全然わからないし、
松坂は全然わからない。
外国人夫婦はよかったが、
結末はぼやかされている。
「命の選別をするのか?」「はい」という、
強いドラマがあってもよかったのではないだろうか。
そのことによって自分の家族が死んだとしても、
患者を優先するだろうか?というテーマがあってもよかった。
腰痛の薬よりもインシュリンを優先する、という程度では、
少し弱かったと思うな。

つまり、我々がどういうコロナ期間を過ごしたかが、
評価に影響してしまうんだよ。
それって映画としてはどうなの?って思ってしまった。

福島に小栗も窪塚もいたというのはとても良いエピソードだと思ったので、
除染服を着慣れていない人に指導したりする場面は絶対必要だったと思う。
そういえばなんで通路にビニールで覆いをするんだっけ?
その理由もよくわからない。
プライバシー保護? あれでウイルスを防げるとは思えないが、
中から漏れたやつをあそこで止めるため?
そんな簡単なことも、知らないと分からないじゃんね。
じゃあ、コロナを体験していない人は、
全然わからない映画になるんじゃない?って思ったんだよね。

アフターコロナとかいいながら、
もうあの時の常識は何もみんなやってないよね。
うがいやアルコール消毒なんてしてないじゃん。
最近よく行く店で、
やっとカウンターのアクリル板がなくなったんだよね。
ソーシャルディスタンスなんて誰も守っていないし、
咳してる人で肘にやってる人もういない。
マスクぐらいかな。残ったのは。

家に帰ってきたときの、池松のマスクの跡はとてもよかったよ。
でもそれは戦場の傷みたいなもので、
何にもなっていないんだよ。
「たいへんでした」の象徴でしかない。

知性に訴える、教訓はなんだったんだろう?
現場の頑張りの熱しか頼るものがない、
ってことになってしまうんだよね。これだと。


その、全体のテーマ性が、とても気になる映画であった。
だからこれはストーリーとしては中途半端な出来だ。
緊張したし泣いたし、みんな必死だったし、
缶コーヒーを池松に渡したところもよかったけど、
で、これってなんだったの?
が、まとまっていないものだった。

現場の医療は、医療だけ独立して立っているわけではない。
様々な上と下との連携があって、初めて現場がなりたつ。
映画の現場だって、
プロデューサーがいろいろ後方でやってくれるから成り立つわけだ。
その、現場だけ描いていいのか、ということだ。
とくにコロナってそうだったと思うんだよな。
国がやらないなら現場がやる、は熱いけど、
知性じゃない。
そして感染症とは、知性で立ち向かわないといけない。

尾身会長は、それを粘り強く上のほうでやってくれていた。
あのコロナのさなかに観光地や飲食店へゴーとか言ってたんだぞ、政府は。


そこまで見据えたうえで、
あの2週間を整理するべきだったと思うけど、
そうなっていなかったのは、
シナリオの不備だと思う。

つまり、能面であればあるほど、
物語がないほど、現実を思い出してしまう。
その、現実の総括が足りていないように、僕からは見えた。
だとしたら、もっと物語に巻き込むべきだったんじゃないか。
事実を元にしているのはいいけれど、
架空が足りないんじゃないですかね。
つまり、ドラマツルギーだ。
熱い主張バトルというレスバしかなかったんだよな。よく考えてみると。
posted by おおおかとしひこ at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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