多分これが、新配列の心理的障壁になってるんだろうな。
1つの配列を覚えなきゃいけないのは、
キーボードを使うならまあわかるだろう。
でも2つ覚えなきゃいけないのは、
無理って思うのではないだろうか。
せっかくqwerty覚えたのに、
またもうひとつ覚えなきゃいけないの?
とか、
カナ配列覚えたら英語配列はどうするの?
ふたつを使うの?
とか、
「無理」って思えるのではないだろうか。
僕はフリックで、
フリック日本語とフリック英語を使ってるんだけど、
それってふたつの配列だ。
それは「無理」って思うのかな?
日英共用配列にまずみんな手を出すのは、
「ふたつは無理」っていう先入観があるのではないか。
僕は日英共用には否定的で、
「各言語は別の性質を持ってるんだから、
別々のやり方にするべき」と考えている。
そもそもローマ字と英語のスペルは違う。
ローマ字にあるスペルが英語になく、
英語にあるスペルがローマ字にはない。
僕はqwerty英語とqwertyローマ字は違う配列だと考えている。
「うどんとそばを同じ器に入れるな」
というわけだ。
いや、関東弁と関西弁くらいか、うどんとそばだと。
日本語と英語は、うどんとハンバーガーくらい違う。
それを同じどんぶりに入れるようなものだな。
それぞれはそれぞれでおいしく食べるべきでしょう。
で、
仮に理屈は理解したとしても、
ふたつは無理って思うんだろうな。
JISカナをみんな触らないのも、
「英語はどうすんの?」って不安があるからだよね。
印字を見れば見るほど、
カナとqwertyの両方を全部覚えるのは無理ゲーだ。
元素の周期表すら全部覚えられなかったのだから。
その不安に対して、
「26覚えればいけますよ!」
っていうqwertyに、みんな飛びつくのはしょうがない。
たとえうどんの汁のなかにハンバーガーがびちゃびちゃに入ってても、
胃の中に入れば同じだろ、
食えないよりましだ、ということだね。
また、日英の切り替え方にも問題がある。
全角半角のトグルでしか切り変えられないのは、
もうシステムとして欠陥なわけだ。
まだフットペダルで右が日本語、左が英語、
みたいになってれば、
ふたつの配列をみんな覚えたかもしれない。
あるいは、英語を打つ時はqwertyキーボード、
日本語を打つ時はTRONキーボードと、
全然違うものを物理で切り替える、
なら、まだ納得したかもしれないね。
あるいは、
「同じ一つのキーの中に、
プログラムで複数の文字を入れることができる」
という概念を、
人は受け入れる事ができない。
見た目が変わらないと信用できない。
多重人格を認めることは大変難しい。
人格の切り替わりが、
目つきや表情が変わればまだ納得がいく。
だから多重人格のお芝居は、
目つきが悪く怒ってる顔から、急に手が仏のような微笑みの顔に、
変貌したりする。
もっとわかりやすいのは変身ヒーローだ。
本郷猛は仮面ライダーに変身しなければ、
「同一のものの中にふたつある」
を、
人は理解できないのだ。
キーの印字が、日本語と英語で、別の文字が出れば、
人は自然にふたつの配列を受け入れたかもしれない。
だけど印字がふたつもあるキーボードは、
みんな嫌がっただろう。
ただでさえややこしい形なのに印字も2色あって、
「明日からこれを使いなさい」って、
何もインストラクションがなかったら泣くよな。
理想は、キーにすべてディスプレイがついてて、
日本語と英語で表示文字がブインって切り替わることだけど、
そんなキーボードは10万円するだろう。
2000円のキーボードに負けるよ。
社員に10万円のキーボードを配る会社はない。
つまりコストだ。
最高の筆を与えない企業が悪いのだな。
社内教育をしっかりせずに、
勝手に潰れた社員が悪い、といってるようなものなわけだ。
社貸与なんて、大体ろくなものじゃないことくらい、
会社を見てればわかるじゃない?
なのになぜキーボード、
あるいは「ことばを発するもの」を、
こんな安物を使わされているんだろう?
コミュニケーションが大事とかいってるくせに?
こんなわけで、
「ふたつの配列」をやるのは、
常識の外になっているのだ。
僕はキーボードでは、
カナ配列薙刀式、qwerty英語(そんなうまくない)の、
ふたつの配列を使っている。
やろうと思えばqwertyローマ字(そんなうまくない)の、
3つ目も使える。
すべてブラインドタッチ。
また、スマホでは、
フリック日本語と、フリック英語と、
パスワードの時のみ強制的に立ち上がるqwerty英語の、
都合3つの配列を使っている。
すべてサイトメソッド。
じゃあ、6つ使えるんじゃん。
ふたつとか言ってないで、
いくつも使えばいいんだよ。
鉛筆もボールペンも筆ペンもサインペンも、
大体同じ使い方ができる。アナログはそうだ。
だけどデジタルは筆圧や筆跡の情報量を捨てたので、
代わりに複数の配列が使えるのである。
そんなふうに考えれば良いのかな。
日英の切り替えをしよう。
全角半角の切り替えはクソなので、
親指2キーによる切り替えをするか、
親指に別の機能を割り振りたいときは、
薙刀式の、
「FG同時で英語、HJ同時で日本語」の、
切り替え方法が誤打がなくていい。
ブラインドタッチで普段押さない組み合わせになっている。
つまり、ホームポジションを崩さない、
日英の切り替え方式が、
ふたつの配列を使う前提になっている。
それさえできれば、
あとはふたつの配列をマスターするだけだ。
なあに、英語はすでにqwertyが打てるだろ。
多くの人は英語はそんなに打たないから、
それをそのまま使いなさい。
ハンバーガーはまあマクドナルドでいいやってことだ。
最高のインアウトバーガーは我慢しよう。
そのかわり、
切り替えた先の日本語配列は、
コンビニ弁当じゃなくて、
最高級のうどんを食べなはれ。
食べただけでいのちがみなぎるような、
出汁が溶けて身体にしみこむような、
ええうどんを食べなはれ。
英語を打つ時はまあマクドでええから。
そういう意識で「日本語だけをいいものにする」のは、
母国語を使う上であたりまえだと思う。
そして日本語を打つのに、qwertyローマ字はかなり効率が悪い。
理想の日本語キーボード配列を100とすれば、
薙刀式は92点くらい出せてると思うが、
qwertyローマ字は2点ぐらいにはクソだね。
大西配列は僕はやったことないが、
85〜95点の間にいそうだ。
新下駄や飛鳥は、90〜97点の間にいると思う。
英語は僕は研究してないのでしらない。
qwerty英語は30点くらいはあると思う。
もし本気で英語をきわめるならば、
みっつめの配列として、英語専用配列をやるべきだね。
僕がやるならArensitoが面白そうだと思っている。
ふたつも配列覚えるの?
はい。
できるの?
できます。
覚えられそうにないんだけど?
配列図を丸暗記するのはできないです。
でも、ブラインドタッチならなぜかできるんです。
言葉単位で運指するからだと思います。
なんなら、
ふたつだけでなく、3つを切り替えられる人もいます。
もちろん、一番楽で速いのを使えば良いです。
1個覚えたら他を忘れない?
一時的に忘れます。
しかしマッスルメモリーみたいなのがあって、
体が覚えているため、
完全に忘れることはないです。
頭が忘れても体が動きます。
たとえ認知症になっても駅から家まで帰れるのと同じです。
身体で覚えたものと脳の記憶は違う構造です。
一時的に100が40くらいに落ちるので、
それを上げていけば元に戻れますよ。
おいしいうどんを食べて元気になって、
今日も元気にことばを発するのだ。
みんなまずいうどんにハンバーガー突っ込んで食べてるんだぜ。
それが天与のものであるからで、
他を知る知識がないだけで。
少しの勇気があれば、
そこらへんにおいしいうどん屋がいっぱいあるのに。
もっと香りを通りにまき散らさないと、
お客さんも存在に気づかないよね。
会社の食堂を利用するのは、
最初はいいよね。
でもそのうち周囲のもっとうまい店に行くよね、
コストと時間をかけて。
どうせブラインドタッチだ。
キーボードは無刻印でいい。
むしろ無刻印の方が、
手触りに雑味がなくていいよ。
ふたつの配列を、FGとHJで切り替えて、
それぞれの練られた運指で使うのが、
ベストだと思う。(切り替え方は他にも解はある)
だってふたつの言語を使うのだから、
当たり前じゃない?
英語の時間に国語をやるのか?
国語の時間に英語をやるのか?
音楽の時間に絵を描いて、絵の時間にピアノを弾くのか?
そんなニコイチできないだろ。
どっちにも失礼だし、合理的じゃないよな。
2026年01月18日
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