ラクダエンさん:
> 言語化タイピングっていうのはそういう話で、qwertyローマ字がひどいからやめたら一概にタイピングが良くなるって、そんなもんではない。「合理化」という言葉はかなり雑だと思う。母子左右分離にも非分離にも、内ロールにも外ロールにもそれぞれ理がある。どの理に基づくかだ
結局、どういう理屈があって、自分には何がよくて、
最終的にどれくらい得するのか、
解明されていないことも怖いのかもしれない。
科学が発達する前の、まじないと経験則のあいだみたいな状態だからねえ。
その不安を解消するために、
ヒートマップを出したり、
運指距離を○%削減とか言ったり、
タイピングゲームで結果を出してみたり、
などの客観的指標をだしたくなるのかもしれない。
そうじゃないと、なんとなくいい、でしか評価できないからねえ。
僕は、現在の自由文動画を10分以上録画しておいて、
新配列をやってみての自由文動画も録画するといいと思う。
そうすると、実感と客観を行き来できると思うなー。
ダイエットが全身写真撮るみたいなことか。
新配列を練習し始めると、
大体みんな○日目、タイピングゲームスコア○○、
なんて記録を取りがち。
それは客観的指標がほしいのだろうね。
しかし、
いかなる理由による合理化がされているかは、
配列の設計思想によって異なるわけで、
それが合う人も合わない人もいるだろうことはたしか。
だけど、それらのすべてが解明されたわけではないから、
「結局良く分らない」ことが、
底なし沼っぽく見えるんだろうなあ。
「自分の打鍵を解析して、AIが配列を最適化してくれる」
なんて妄想をする人がけっこういるけど、
それも原理が分らないので最適化だけされていれば安心、
という思考停止なんだろうなあ。
政治はAIに任せるべき、というのと同じじゃないかしら。
政治を人間がやるのは沼である、的な。
スポーツのトレーニング法とか、
ダイエットの方法とか、
ある程度理論が確立されているものがあるなら、
だいぶ信用できることになるかもしれない。
あるいは、身の回りに成功例失敗例がたくさんあると、
自分がそれをやるイメージがしやすいかもしれない。
他人と自分の違いを把握して、
成功と失敗の原因を見積もることもできるだろうからね。
まだ百花繚乱の段階だから、
定まった評価がないのもしんどいかもねー。
人柱になるつもりで、
飛び込むしかないんだよ、現状。
まあ、でも、結果を出している人がいるのを見て、
勇気を出す以外にエイヤの方法がないんだろうなあ。
というわけでみんなどんどん動画を出しなよ。
自由文をひたすら書いているだけの、
10分以上のやつね。
これくらい速い、これくらい楽である、
○ヶ月練習すればここまでできる、
○○という原理でここまで来る、
というのを集めるしかないと思うんだよな。
2026年02月14日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

