2017年08月16日

ノンストップライティング法

マラソンライティングとか、色んな名称がある。
「書くこと」に対するトレーニング法。

1. 時間を決める。10〜20分。
2. その間、手を止めず書き続ける。
トップスピード分速○字を維持して、止まったり休んではいけない。

途中で書くことがなくなるが、喋りを止めないみたいな感じで、
「手を止めない」ことのトレーニングが、
このトレーニングの主旨である。
面白かろうが面白くなかろうが、かまわず続けろ。

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posted by おおおかとしひこ at 12:40| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

高揚感、ないし全能感

物語を見る理由のひとつは、
高揚感、ないし全能感を味わいたいから、
というのがあると思う。

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posted by おおおかとしひこ at 14:24| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロットが甘いということはどういうことか

ストーリーの骨格であるところのプロット。
どんなに執筆や描写や台詞が優れていても、
この骨格が甘いなら、たいした話にならない。
そういうのをプロットが甘いなんていう。

具体的には、どういうことだろう。

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posted by おおおかとしひこ at 11:38| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

最後まで書けないのは、作り方も発想も間違えている

さらに続き。

1. テーマをつくり、構成をつくり、細かいところを作っていく。
(トップダウン)
2. ディテールをつくり、それを転がしていくうちに落ちまで書ける。
(ボトムアップ)

僕はどちらも間違いであると考えている。

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posted by おおおかとしひこ at 21:47| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私たちは、狂気に理性で決着をつけなければならない

前記事の続き。

だから、多くの物語(もどきも含む)は狂ったまま終わる。
うまく決着をつけられなくてだ。
平井和正はそうした作家ではなかったかと、僕はかつて蹴りをつけた。
あの尋常ならざる妄想を、彼はついに理性で纏めきれなかった。
それは単なる狂気であり、人の知性ではない。

文明は、理性で構築される。
人は狂気を原動力とする動物的存在であるが、
狂気のまま終わるのは、動物でしかない。

庵野秀明は、狂気に終わった作家だと僕は踏んでいる。
エヴァは終わらないだろう。
シンゴジラも、夢想爆発は愉しかったが、
「それ、なんの意味があったのや」というところにおいては、
プロジェクトXのほうが勇猛なドラマであったというものだ。

狂気に触れて喜ぶのは、ただの動物だ。
私たちは文明を築くために、
その先を纏めなければならない。
たとえばアウトサイダーアートは、
私たちそのものであり、
同時に私たちと対極である。

夢は狂気に似ている。自閉症も統合失調も躁鬱も解離も、
心という意味では夢だ。
狂気を理性で着地することが、私たちのすることだ。
恐らく全ての芸術は、この両極を行き来するのだ。
posted by おおおかとしひこ at 13:05| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢は脈絡がない

脈絡をつけた夢。
意味の通った夢。
それが物語である。

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posted by おおおかとしひこ at 12:00| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

自分は一番じゃないと知ること

これは本当に難しいことだ。
創作における作者は神だ。
神にならないと書けない。
その全能感が創作の喜びのひとつだ。
俺はこの世界をつくったぞ、と。

だけど、その熱が冷めて冷静になったとき。
それが大したものじゃないと気づくとき。
反動がキツイ。

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posted by おおおかとしひこ at 13:54| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

会話劇から無言劇へ

ハリウッドの格言を何回も紹介するけど、
「最良の会話は、無言である」というのがある。
これは、無言で突っ立ってるのがベストである、
と言っているわけではない。

無言で何かをする(アクション)こそが、
最も雄弁に、
その人の意思、気持ち、表情、切迫感を伝える、
ということを言っている。

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posted by おおおかとしひこ at 12:32| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

話せば話すほど、新しいことが分かる

会話には沢山の役割がある。
しかし、会話シーンばかりで話が進まないということが、
とてもよくあることだと思う。
一方、会話劇だけで話を進めることも可能だ。

両者は何が違うんだ?
僕は、「新しい情報」に注目するとよいと思う。

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posted by おおおかとしひこ at 23:10| Comment(2) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【風魔】一位樫、本赤樫より下らしい

赤樫の比重調べてたら知ってしまった事実。
白樫<赤樫(と称して一位樫が使われる)<本赤樫
の順に堅くていいんですって。(全部水に浮く)
勿論値段も跳ね上がる。

樹齢3000年とはいえ、
本赤樫使ってなかった壬生。
壬生はこんなところでも壬生。

風魔の木刀は赤樫、夜叉の木刀は白樫に、
ビジュアル的に統一してました。
いい悪いとかまでは知らなかった。
壬生の一位樫は、夜叉的にはいい木刀かも知れぬ。
(でも使ってるのは白樫…)

そもそも樹齢3000年、木刀の質に関係すんの?
真ん中の部分か端の部分かで関係すんのかなあ。
(昔木のテーブルのCMやったときに知ったのですが、
端の部分だと湿度で反ってしまうのだそう。
なので木のテーブルは、真ん中の部分を使ってるのが高くていいんですって。
横から木目を見ればまるわかりだそう)
posted by おおおかとしひこ at 15:44| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする