2018年06月11日

その面白さは、何のためのものか

係りと結びに関して続ける。
先日面白い企画を思いついたのだが、
うまく係りと結びができなくて、
放置してるやつを例にしよう。

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posted by おおおかとしひこ at 16:28| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

係りと結び

結局のところ、
ストーリーってのは、
「最初に前振ったことが、最後にうまく回収される」
がどう出来てるか、
を作ることなのではないかと考えている。

つまりは係りと結びである。

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posted by おおおかとしひこ at 11:08| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

脚本家って呼び名ないよね

雑談。

「おおおか監督」とは呼べるけど、
「おおおか脚本家」「おおおか脚本」と人を呼べない。
「おおおかカメラマン」「おおおかライトマン(微妙)」は呼べる。(撮影、照明では呼べない)
英語ならよいのか?「おおおかライター」。火付け係か。

呼べる人は偉い人。
呼べない人は偉くない人。
たぶんそういう扱い。

呼べる人: プロデューサー、監督、
カメラマン、ライトマン
呼べない人: 美術、小道具、衣装、ヘアメイク、
録音、音楽、効果、CG、編集、車両、特機、制作進行、助監督。

全部役職で呼べるといいのにね。
それぞれの役職のヘッドなんだから、
課長部長のいきおいだぜ。
posted by おおおかとしひこ at 12:37| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

過去は点、現在は線

カレンダーの話、続き。

これを作ると気づくことがある。
過去はあくまで点だ。

現在に対して、ぶつぶつ切れて存在する。
一方現在とは、連続した線のことである。

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posted by おおおかとしひこ at 21:02| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カレンダーをかけ

何月何日何曜日と、決めてもよい。
あるいは、第一日目、第二日目、としてもよい。
間に省略されている日があれば、「…」表記でよい。

それが大体何日間の話なのか、
明確化してみよう。

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posted by おおおかとしひこ at 15:16| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デジタルは人を幸せにしない: 頭で考えたものにしかならない

「レディプレイヤーワン」が面白くないという話を後輩としていたら、
後輩はおもしろいと言い始めた。
どこがと聞いたら、最初の街(主人公の住んでるスラム街)
の世界観がいたく気に入ったらしい。

僕は反論した。
あれは「頭の中で作られた世界」に過ぎず、
リアルではないという趣旨でだ。

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posted by おおおかとしひこ at 00:28| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

局面によって、要求される才能が違う

簡単に言うと。

序盤はツカミや初登場インパクトの才能がいる。

中盤は引っ張る展開力やターニング力や、
深みや広さやバラエティの才能がいる。

終盤はまとめたり一つのものに集約したり、
カタルシスの才能がいる。

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posted by おおおかとしひこ at 21:41| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不安は的中する

登場人物が不安を口にした時、
それは必ず的中する。

それは伏線であり、壁にかけられた銃である。
逆に、不安を口にして的中しないなら、
その不安部はリライトで削除するべきだ。


そして、その不安はそのまま的中しても大して面白くないので、
「別の形」として予言の自己成就を果たすことが多い。
不安は的中したが、
完全に的中ではないところが、
なにかをもたらす。
posted by おおおかとしひこ at 15:03| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜストーリーはプラスとマイナスで考えるのか

必ずストーリーの入門書には書かれていることで、
主人公(や他の登場人物)の前進や後退、
成功や失敗をグラフにしてみよう、
なんてのがある。

僕は「現実には、この要素はプラス/この要素はマイナス、
と多次元で評価されることがあるではないか。
これはわかりやすくする為の方便だな」
と考えていた。

そうでもないんじゃないか。

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posted by おおおかとしひこ at 10:09| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

劇場型嘘つき

登山家(ネットでは下山家と揶揄されていたようだが)
の栗城氏の死について書こうと思う。

我々フィクションのストーリーを書く者として、
現代をどうとらえるべきかという話になる。

栗城氏を殺したのは観客と興行師だろうと僕は思う。
栗城氏はプロレスラーだ。
台本の通りに演じる演者だ(多少はアドリブをかますだろうが)。
台本を書くシナリオライターが別にいたと思われる。
シナリオのことを延々書いているここで、
語らないわけにはいかない。

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posted by おおおかとしひこ at 21:48| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする