2014年05月12日

第一印象

人間は第一印象で決まる。
正確にいうと、第一印象を覆すのが大変だ。

人間には、自分の間違いを認めたくない性質がある。
たとえ第一印象が間違っていたとしても、
それを自分の中で訂正するのではなく、
過去の第一印象に、事実を近づけて認識・記憶するほうにエネルギーを使う。


登場人物、場所、小道具、重要な伏線など、
初出がだいじな事は論を待たない。
伏線は初出に仕込む原則は、
第一印象に既に伏線を仕込む法則でもある。

人間は、なるべくエネルギーを使いたくない。
一回そうだと理解・認識するのにエネルギーを使うと、
それ以下のエネルギーでそれを扱う。
一回わかったものは、二回目以降わかろうとしない。
第一印象の訂正が難しいのはそれが理由だ。

映画のオープニングでツカミが重要、
と言われるのも、この第一印象を上手くやれ、
ということと同じことを言っている。
どんでん返しは、一旦この第一印象を浸透させておいて、
あとで全く逆にひっくり返すことである。
キャラの登場シーンが燃えるのも、
その強烈な第一印象を競っているのである。

第一印象をコントロールすることは、作家の腕の見せ所だ。
注意すべきことは、ハッタリの分量である。


実質がないのに、第一印象だけハッタリをかますことが、
まれによくある。
最初だけ面白かった話、
登場時はワクワクしたのにその後パッとしなかったキャラ、小道具、謎、
活躍を期待したのに期待はずれ、
初日だけ張り切ったけどやっぱり駄目な俺に戻る日々、
シリーズ第一弾はよかったのに尻つぼみになるシリーズ。
これらは、初手でハッタリをかましただけに過ぎない。

別のことばで、出落ちともいう。
ハッタリの例で僕がいつも出すのは、
スターウォーズエピソード1の、ダースモールだ。
あの衣装とデザインは、スーパー期待感があった。
赤いライトセーバーがビームナギナタ状に展開する、
あのぞくぞくする瞬間(つまり登場シーン)が彼のピークであり、
その後すぐ死ぬ。

ハッタリはある程度必要だ。
ケレン味やバサラぶりは、ある種の文化的面白さであるからだ。
ケでなくハレの、その上昇感や高揚感は楽しい。
(現代的に言えば、アガる感覚)

が、ハッタリは、長いこともたない。
いずれそれは、祭りのあとのように、
本当の大きさに縮小していく。
本当の大きさをごりっと出せるぐらい、
まずは本当の大きさを大きくするべきである。
その真の姿の第一印象を素直に出すだけでよい。
(勿論伏線やミスリードは、計算ずみで)


ハッタリの裏の心理は、自信のなさだ。
実質がないからハッタリを使う。
それがばれないうちに事をすまそうとする。
そのような心理が主題でないのなら、
ハッタリはやるだけ効果が薄い。
第一印象から、あとは下がっていくだけである。


第一印象は、初登場で決まる。
そこに何を残すべきかは、
あとあとどのようにコントロールするか、決まっていない限り決められない。
決めていないから、ハッタリをかましてあとで困る。

まず、あとのことや最後までを決めること。
それが、第一印象をどう確定すべきかを、逆算で教えてくれる。
そこまで計算しておいて、
ようやくハッタリをどうかますかを考えるのだ。
posted by おおおかとしひこ at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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