人間は第一印象で決まる。
正確にいうと、第一印象を覆すのが大変だ。
人間には、自分の間違いを認めたくない性質がある。
たとえ第一印象が間違っていたとしても、
それを自分の中で訂正するのではなく、
過去の第一印象に、事実を近づけて認識・記憶するほうにエネルギーを使う。
登場人物、場所、小道具、重要な伏線など、
初出がだいじな事は論を待たない。
伏線は初出に仕込む原則は、
第一印象に既に伏線を仕込む法則でもある。
人間は、なるべくエネルギーを使いたくない。
一回そうだと理解・認識するのにエネルギーを使うと、
それ以下のエネルギーでそれを扱う。
一回わかったものは、二回目以降わかろうとしない。
第一印象の訂正が難しいのはそれが理由だ。
映画のオープニングでツカミが重要、
と言われるのも、この第一印象を上手くやれ、
ということと同じことを言っている。
どんでん返しは、一旦この第一印象を浸透させておいて、
あとで全く逆にひっくり返すことである。
キャラの登場シーンが燃えるのも、
その強烈な第一印象を競っているのである。
第一印象をコントロールすることは、作家の腕の見せ所だ。
注意すべきことは、ハッタリの分量である。
実質がないのに、第一印象だけハッタリをかますことが、
まれによくある。
最初だけ面白かった話、
登場時はワクワクしたのにその後パッとしなかったキャラ、小道具、謎、
活躍を期待したのに期待はずれ、
初日だけ張り切ったけどやっぱり駄目な俺に戻る日々、
シリーズ第一弾はよかったのに尻つぼみになるシリーズ。
これらは、初手でハッタリをかましただけに過ぎない。
別のことばで、出落ちともいう。
ハッタリの例で僕がいつも出すのは、
スターウォーズエピソード1の、ダースモールだ。
あの衣装とデザインは、スーパー期待感があった。
赤いライトセーバーがビームナギナタ状に展開する、
あのぞくぞくする瞬間(つまり登場シーン)が彼のピークであり、
その後すぐ死ぬ。
ハッタリはある程度必要だ。
ケレン味やバサラぶりは、ある種の文化的面白さであるからだ。
ケでなくハレの、その上昇感や高揚感は楽しい。
(現代的に言えば、アガる感覚)
が、ハッタリは、長いこともたない。
いずれそれは、祭りのあとのように、
本当の大きさに縮小していく。
本当の大きさをごりっと出せるぐらい、
まずは本当の大きさを大きくするべきである。
その真の姿の第一印象を素直に出すだけでよい。
(勿論伏線やミスリードは、計算ずみで)
ハッタリの裏の心理は、自信のなさだ。
実質がないからハッタリを使う。
それがばれないうちに事をすまそうとする。
そのような心理が主題でないのなら、
ハッタリはやるだけ効果が薄い。
第一印象から、あとは下がっていくだけである。
第一印象は、初登場で決まる。
そこに何を残すべきかは、
あとあとどのようにコントロールするか、決まっていない限り決められない。
決めていないから、ハッタリをかましてあとで困る。
まず、あとのことや最後までを決めること。
それが、第一印象をどう確定すべきかを、逆算で教えてくれる。
そこまで計算しておいて、
ようやくハッタリをどうかますかを考えるのだ。
2014年05月12日
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