よくあることだ。
主人公の物語を書いてきた筈が、
途中で出てきた脇役のほうが魅力的に思え、
作者が肩入れしてしまうことがある。
(「刃牙」シリーズのオーガ、スターウォーズのダースベイダー。
実写風魔の壬生も?)
それは大抵、未熟で力のない主人公に比べ、
より大きな宿命や葛藤を背負った人物になってしまうからではないか。
特に男同士だと、
強さの序列というものがある。
強さのより上位に肩入れや思い入れがあり、
ついついそっちのほうが好きになってしまったりする。
(あしたのジョーの力石徹、はじめの一歩の伊達英二や鴨川)
大抵主人公より序列が上の者、
すなわちライバルや宿敵や、味方の師匠ポジションのキャラがそうなる。
また、敵か味方か分からない第三者的遊撃手もそうなりがちだ。
(バイオマンのシルバ、スターウォーズのボバフェット)
女同士だと、本命ヒロインよりも、
第二第三ヒロインのほうを好きになってしまったりする。
本妻よりも浮気のほうが楽しいということだろうか。
浮気と本妻の差は何かというと、責任だ。
責任を取らなくていい、つまりテーマを背負わなくていい、
主人公以外のキャラのほうが無責任で楽なのだ。
逆に言うと、主人公や本妻は、重いのである。
さて、ついそのような「浮気心」が出たとき、
逆にしてみるといい。
主人公をそのキャラにしてみるのだ。
浮気を本妻にしてみるのだ。
もし、その方が面白い物語になりそうなら、
はじめから書き直してみることをオススメする。
魅力的なキャラクターは物語の宝だ。
それが主人公ならば、物凄く面白い話になる可能性がある。
ところが、これは何故か上手くいかない。
主人公にした瞬間、彼の内面に入らなくてはならないからだ。
彼の内的問題、彼の事情に立ち入らなくてはならないからだ。
そうすると、外からは強く見えていたキャラクターの、
内面の弱さに触れざるを得ないことがわかる。
なんだ、この人も人間にすぎなかったのか、
と、作者自身が幻滅を味わうこととなる。
つまり、その脇役が好きだった理由は、
「外から眺めていること」だったのだ。
浮気という言葉がそれを的確に表している。
オーガの弱味、ベイダーの事情、力石の弱点、伊達の弱さ。
そんなものを見た瞬間、作者の興味は外れてしまうのだ。
(伊達は弱さの克服をきちんと昇華した。だから引退し、物語から外れた。
今後伊達のエピソードは二度とないだろう。完結したからだ)
さて。
では、主人公はどうだろう。
浮気相手から見た本命はどうだろう。
その内面以上に、興味深い内面や問題を抱えているだろうか。
浮気をしてしまうのは、
魅力のない本妻に問題がある。
浮気は、本妻の魅力減退の兆候だ。
主人公を深く掘れ。
その掘り方がぬるいから、他所が魅力的に見えてくるのだ。
特に、成長するタイプの主人公では、
この傾向が顕著だ。
成長初期において、魅力が中途半端なのは当然だからだ。
しかし内的葛藤や活躍を経て、
その脇役たちに匹敵し、凌駕する瞬間こそが、
本妻が帰ってきたときだ。
それを踏まえた上での、浮気が当て馬ならば、
計算通りかも知れない。
が、大抵そうならない。
ルークスカイウォーカーはハンソロやベイダーより魅力がなく、
刃牙やジョーや一歩は、ライバルより魅力がない。
何故だろう。
背負っているテーマの問題だと思う。
ライバルの人生のほうが波乱万丈だからだ。
ということは簡単だ。
彼らより、波乱万丈にして、重いテーマを背負わせればよいのだ。
ドラマ風魔の小次郎で、壬生や武蔵をさしおいて、
やはり小次郎が主役であれたのは、
「忍びとはなにか」という一番大きくて重いテーマを背負っていたからだ。
壬生は自分を認めてくれないこと、という個人内部の話だった。
武蔵は傭兵と入院費の話(せいぜい兄妹と雇い主のスケール)を背負っていた。
竜魔は、風魔忍者全体の責任を背負っていた。
小次郎は、それのどれよりも大きな、主君と忍びの話を背負わせたのだ。
彼だけがその疑問を感じ、
彼だけがその疑問を自分の答えで克服した。
その象徴が風林火山である。
だから面白いのだ。
今俺は浮気しているな、という自覚は必要だ。
そしてそれは、本命の当て馬になっているな、
という自覚があるなら構わない。
本命すなわち主人公を、最も大きなテーマを背負わせればいいだけだ。
その解決こそが作品のテーマになっていることが、
その人物が真の主人公の条件だ。
例がバトルものに寄ってしまったが、
例えば恋愛ものでもこれは同じである。
主人公が惚れるヒロインの弱味や事情が分かった途端、
冷めてしまうことがある。
それは、人間対人間の物語として書いてなく、
単に憧れとしてしか書いていない証拠だ。
2014年11月08日
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