こないだ美術の人と話してて発見したこと。
小道具と大道具の違いは、
「一人で持てるかどうか」の差なのだそうだ。
自転車は小道具。
冷蔵庫は、一人で持てる小さいものは小道具。
家族用冷蔵庫は大道具。
クルマは大道具。
モノを現場に用意して全体をデザインするのが、
美術部である。背景を用意する人たちと言ってもよい。
映画はもともとセット撮影しかなかったので、
セット全てをつくる人、が仕事の原型だ。
大工から部屋の中のものまで全てつくったり揃えたりする。
(ロケのときでも、背景に必要なものを用意して、
素の状態からつくりこむことがある。
セット撮影の利点は照明のコントロールだ。太陽が進まないから、
ずっと同じ時間帯設定で撮れる。雨もふらないし天気も変わらない。
また、デザインが自由である。世界観をつくるならセット撮影だ。
たとえばマトリックスのオープニング、トリニティのチェイスする屋根の上は、
セット撮影だ。意外なものがセットでつくられることもある
欠点はワンセット1000万単位という、予算である)
彼らにはセクションがあり、
小道具(持ち道具と別れる場合も)、大道具、
デザイナー、装飾などに分かれる。
準備する人たちの直感的なこの区別は、
我々にとっても便利な区分だ。
椅子は小道具。演劇やダンスでもよく使われる。
テーブルは大道具。こたつはぎりぎり小道具の時がある。
ソファは大道具。
自由に動かせるかどうかの問題もあるだろう。
つまり、役者が一人で持って自由に動かせるのを、
小道具と言うのだ。
幼児にとっては大人用の小道具の、
かなりのものは大道具かも知れない。
つまり、
人は一人で動かせるものと、
動かせないものに囲まれていて、
他者と何かをする。言葉と行動で。
これが三人称表現においての、
我々が扱える要素の全てなのだ。
2015年02月02日
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