2015年05月04日

脚本添削2015その6:再び、テーマ

物語というのは、テーマに尽きるのです。
尽きるというのは、見る人にとってではなく、
作者にとってです。

全てのディテールが、何らかの形でテーマに関わっているのが理想です。
何故これはこうなのか?を聞かれて、
テーマがこうなので、こうなのです、
と答えられるまで、全てを洗練させたものが、
最も美しい物語と言えます。

あくまでそれは理想のイデアだと思うので、
現実的には、大事なところが全てテーマと関連していて、
それが一本の因果の糸になっていることがその代わりとなります。


さて。この話のテーマは何でしょう。

元の物語はなかったので、
僕がディテールから創作してみました。
ねじまき侍のケースよりも、キツイです。
あの時は、ヒントがそこかしこにあり、
それを繋げるものを決めれば良かっただけです。

勇気とか、頭の使い方とか、頭突きなどの、
モチーフから、
この話のテーマ、
即ち、「これらのモチーフを使わずにこれらが暗示している何か」を、
創作しなければならないのです。
しかも、「世界で真とは限らないが、我々が真だと証明してほしいこと」。

風魔のときに近いかな。

頭突きというモチーフから、
僕はテーマを、
「一番大事な所を一番大事な所へぶつければ、事態は打開できる」
としてみました。

人付き合いの事と、喧嘩の事とを、
ダブルミーニングさせたものです。
(元のタイトルのギミックとなんとなく合わせています)

人付き合いのことを、頭突きという絵で示すことも出来そうです。


この為には、公男はアキラに対して、
一番大事な所をぶちこむ必要があります。
つまり、何故勉強が素晴らしいのかを、
教えなくてはならないのです。

当初僕は、
公男の教える教科を、物理、数学、生物など、
僕の得意ジャンルに寄せて、
勉強と頭突きについて語れないかと考えていました。
クライマックスは、その語りと頭突きで表現できないか、
と考えていました。
それを、捨てます。

このテーマなら、もっと本質をぶつけることが必要だからです。


こういうのはどうでしょう。

公男は数学教師である。
肉体派の虎と対比的にするため。
わからない勉強の代表としての数学、というのも分かりやすいから。

しかし、当然のごとく、
虎が何故こんなややこしいことをしなければならないのだ、
とブリブリ文句を言う。
それに公男は答えるのです。
学問は、複雑な現実を単純化するためにあるんだと。
現実があまりにも複雑で理解できないから、
それを単純にして理解するためにあるのだと。
公男にとって、複雑で理解できないのは、いじめの問題です。
いじめに比べたら、数学なんて簡単すぎる、
と公男が本音を言うのです。

虎は、似たようなことは喧嘩にもあるぜと。
パンチとかキックとかナイフとか色々あるけど、
最後には一番単純なのが効くんだと。
それが頭突きなんだと。

ややこしいことをシンプルにする。
それは数学でもあり、頭突きでもある。

さあ、ようやく主筋が見えてきました。
テーマを具体的な言葉やディテールで示せそうです。

公男は、数学を、単純化の美学で見ている。
複雑でややこしいものだと見ていない。
この「逆」が面白さに直結し、
テーマに直結し、
頭突きと勉強という(元原稿にあった)オモシロモチーフに、
直結することになります。

これで主筋のあらゆるディテールが、
テーマありきのものになってきました。


サブプロット、アキラはどうでしょう。

何故彼はいじめをするのか?
落ちこぼれていて、数学は複雑でややこしいものだと思っていて、
ついでに複雑な家庭を抱えていることにしますか。
父親が再婚で、義理の母とギクシャクしてるとか。
それに「母ちゃん」ってシンプルに言えばいいんだよ!
と、公男は啖呵を切れるような気がします。

サブプロットは、テーマを表現することの、
サブになるのでした。
この場合、クライマックスで頭突きをかますことは、
シンプルが答えだ、ということのまた一つの例だとも言えます。

さて、ここで、テーマは更に深くなったかも知れません。
「シンプルが答えだ」という一文に集約されてきました。

人生は難しいけど、シンプルにすればいいんだ、
ということが言えそうです。


ようやく芯が通った気がします。



元原稿になかった、心が震えるものとは、
こういうことを言うのです。

モチーフやイベントは書けてるけど、
その奥にある、テーマとは。
作者が必死で描きたい、ひとつのテーゼとは。

それを暗示する為に、
主人公の問題、動機、渇きなどの内面のディテール、
主人公の職業上のディテール(教科、その教科を愛する理由)、
問題の解決のディテール、
そこに至る道筋のディテールがあるのです。

逆に言えば、全てのディテールは、テーマの為にあるのです。


前記事で、オシャレとは何かを議論してみました。
これはオシャレな話にはならないでしょう。
熱血教師の話だからです。
だから、ストレートに集約することにします。


さて、プロット(一次元型)に集約してみましょう。
次回につづく。
posted by おおおかとしひこ at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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