2015年05月07日

ストーリーラインって何だ

「あの件、どうなったんだっけ」
に関する、一本の線のこと。

映画においては、たいてい、数本のストーリーラインが同時進行する。

短いものなら一本のこともあるが、
おそらく最低二本ではないかと思う。


なぜなら、物語とは、
二人以上でなされるからである。

AとBの間にある何かが話である。


たとえばAには目的があり、何かをする。
するとBの邪魔になる。

Bにも目的があり、Aはそれが邪魔だ。

物語とは、これが双方が納得いくまで何かをすることだ。
(同意できる何かに達するか、互いを否定して放逐するかの、究極的には二択だ。
男女ならラブストーリー、同性なら敵と戦う話になるだろう)

たとえば反対側から歩いてくる二人が、
通りの真ん中で、お互い右にステップしてスムーズにかわすのはお話しではない。
Aが右に避けBが左に避け、お見合いしてしまうのがお話だ。
何度か同じことをやってからの、お互い右にステップしてことなきを得るか、
どちらかがどちらかをバックさせるのが、お話である。


その時点で、
そもそもAの目的は果たされたんだっけ、がAのストーリーラインで、
BのそれがBのストーリーラインになる。

つまり、計二本のストーリーラインになるわけだ。


AとBに関するストーリーライン、という数え方をしてもよい。
この場合一本、という数え方になる。
ただ、僕はこれを二本と数えたほうがいいと思う。
「目的」の数だけ数えたほうがよい。

Aがふたつ目的を持っていたら、A1、A2のストーリーラインと考えるとよい。

たとえば脚本添削スペシャル2015「ヤクザヘッド」では、
主人公公男は、「いじめを止めたいこと」と、
「自信が出来てアキラにガツンと言えること」の、
ふたつの目的があった。
(正確には重なり合うので、1.5本ぐらいという数え方かもね)

また、ヤクザの虎にも目的がある。
「勉強して大学に合格すること」だ。
さらにアキラにも目的がある。
「継母とうまくいきたい」だ。
(ここまで具体的でなく、もっとモヤモヤしたものだが)

「ヤクザヘッド」では、大きくは、A1、A2、B、Cの、
四本のストーリーラインがあると数えられる。


物語においては、それぞれが最初に全部語られるとは限らない。
A1、B、A2は一幕においてこの順で語られる。
Cはボトムポイントでだ。
そしてA1、A2、Cは、クライマックスの頭突き一発で解決する。
本当はBも解決するのがベストだろう。
そこまでうまくは書けなかった。


このように、物語を書くということは、
複数のストーリーラインを同時に扱うことなのだ。



下手くそな人は、一本か二本書くので精一杯だ。
元原稿「ヘッド・バッド・ティーチャー」ではそれが顕著だった。
A(アキラをぶっ倒すこと?)とB(大学合格)だった。
Aが曖昧なので、僕はA1、A2という、
内面的ストーリーライン、外面的ストーリーラインの二本
(重なりあうから、1.5本と数えるべきか)
に分解した。

これは、「流星の侍」でも同じだった。
河童のストーリーラインはあったが、
次郎丸のストーリーラインは曖昧だった。


ストーリーラインを意識すると、
何を解決するんだっけ、ということに注力出来るようになる。
それをいくつなのか数え、
それぞれに面白い展開を用意したり、
バラバラに進んだり、
同時に展開したり解決したりを考えることが出来るようになる。


あまり上手じゃない人は、
目的のない人物を出してしまい、
その結果その人が「出てるだけ」になってしまう。
「ヘッド・バッド・ティーチャー」では、アキラはただ頭突きされるためだけに出てくる役でしかない。

脚本添削スペシャルの最後あたりの記事で触れたのは、
どの人物から見ても、それぞれのストーリーラインが不自然でないことだ。



物語は、ひとつの問題が展開し、解決するだけではない。
複合的な問題が次々に生まれ、次々に絡んで展開することだ。
恐らく現実よりも、分かりやすくてドラマチックにはなっているだろう。
ストーリーラインは、その骨のひとつの単位だと思うとよい。
posted by おおおかとしひこ at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック