2015年09月13日

ターニングポイントとストーリーのフェイズ

ターニングポイントは、
これまでと状況が変わるポイントだ。
ストーリーにもよるけど、10個から100個ぐらいある。

僕は、ターニングポイントでストーリーのフェイズが変わる、
というような言い方をする。


ストーリーとは、表面的には、とある焦点を追うものだ。
○○しなければならない、
○○の為に○○している最中である、
などである。

それが、
○○が変更になった、
○○を知ってしまったからには以前と同じではない、
実は○○ということが分かり、○○の必要が出てきた、
○○によってその道は閉ざされ、○○をする必要が、
○○という神の道があらわれた、
などによって変更されるのが、
ターニングポイントだ。

ターニングポイントは、ポイント単独というよりも、
焦点の前後の変化でとらえるべきである。

ターニングポイントは、それ自体が劇的な事件や、
劇的な展開であることが望ましい。
まあ、映画内では常に全て劇的であることが望ましいのだが。
しかし、それ以上に重要なのは、
その前後で、全く違う焦点になる、劇的さが重要だ。

これを、僕は、ターニングポイントはストーリーのフェイズを変える、
などと言う。


ある焦点の時の、ストーリーのフェイズがある。
そのときのメンバー、それぞれの役割や目的で考えるとよい。

風魔原作で例えれば、
九人が揃っていたフェイズと、
五人しか残っていないフェイズと、
二人しか残っていないフェイズに分かれる。
それぞれ夜叉編、聖剣編、反乱編ラストだ。
この大きなフェイズでは、
メンバーの役割や目的が大きく異なっている。
ターニングポイントは、夜叉壊滅、聖剣戦争終了である。

ターニングポイントがあったことで、
その前後がまるで異なって見えるのだ。
奇しくも、○○編とつくことで、
ストーリーを区切っているのと同じことだ。

これの細かい版が、
5分おきのターニングポイント、10分おきのターニングポイントで、
細かく起こっていると考えるとよい。

家賃を払わなければならないために、
車で友達に金を借りにいくが断られ、
帰り道で大家に出くわすので逃亡、
タイヤがパンクしてしまい、
ある屋敷に助けを求める、
という「サンセット大通り」の冒頭部では、
細かくストーリーのフェイズがターニングポイントによって変えられている。
車で行く、断られる、大家と出くわす、パンク、屋敷登場、
などでだ。

小目的、小焦点はこれらによって次々変更するが、
(借りに行く、困った、逃げる、助けを求める)
大目的、大焦点、「家賃を払わなければ」は変更しない。
そしてこの話にはさらに大きな焦点、
「脚本家として売れてない」がある。
これらを全て兼ね備えた大目的「大女優の脚本を書くチャンス」がやって来るのが、
きっかけになるターニングポイントだ。

これ以前では「売れない脚本家」というストーリーのフェイズだった話が、
これ以降「売れるかも知れない脚本家」というフェイズに変わる。
以降はこれ前提で話が進む。


これは、我々がストーリーを見ているときは当たり前に理解していることである。
ところが、いざ書くとすると、なかなかちゃんと出来ないものだ。
重層的な目的や焦点や、フェイズが違うことを表現として意識することまで、
なかなか気が回らないのである。
言われてわかるのと、自分で書くことの違いである。


ターニングポイントは、
とても小さなフェイズを変えるものと、
大きなフェイズを変えるものがある。
それらを意識しながら、ストーリーを組み立てると良いだろう。

小さなターニングポイントで小さなフェイズが変わっているうちに、
大きなフェイズの変更があるのが、
ストーリーのうねりと呼ばれるものの正体だと思う。
posted by おおおかとしひこ at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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