極論してみる。
テヅカチャートの話の続き。
このやり方に慣れると、
ある時点を見ると、
複数の未来と過去が重ねあった状態として、
見ることが可能になる。
ある時点は複数の未来の重ね合わせであり、
ある時点は複数の過去からの重ね合わせであるように。
さて、これは殆どシュレディンガーの猫である。
ヲタアニメで取り上げられてこの逆説は広まったらしい。
元々量子力学は馬鹿馬鹿しい理論である、
と主張するためにシュレディンガーが作った例のことである。
量子力学で扱う量子は、
存在確率関数で記述され、
いつどこにいるかを予言できない。
あるところにいる確率は70%で、別のところにいる確率は30%だ、
などということが平気で起こる。
その確率関数pを位置xの代わりに方程式で計算するのが量子力学だ。
僕はいまだに直感的に理解できない。
シュレディンガーもそうだと言った。
じゃあ何かい。その猫は、生きてるのと死んでるのが、
50%で重なりあってるとでもいうのかい?と。
テヅカチャートに慣れてくると、
猫がそういう見え方になる。
その猫はこれから複数の未来の重ね合わせに見え、
過去の複数のルートからの現在の重ね合わせに見える。
我々観客が見る最終型は、
たったひとつのストーリーであるが、
その世界線以外に、
複数のあり得たストーリーが重ねあわさって見えるのである。
パラレルワールド的な話だが、
直感的にほんとうだ。
作者とは、
その無限の世界線のパラレルワールドのうち、
一番面白いパターンを選ぶ人のことを言う。
最近ドラマ化した「エンジェルハート」は、
香の死があまりにつらいので、
シティハンターの続編ではなく、
パラレルワールドなのだそうだ。
シティハンター世界から、テヅカチャート的に分離したその後であると。
なんだか人生の選択のようである。
あちらに行っていればこういう人生を生きて、
こちらに行っていればこういう人生で終わった、
みたいなことだ。
テヅカチャートは、極端に言えばそれを沢山バリエーションを思いつく訓練であり、
その中で最も面白い話を思いつく訓練なのである。
シティハンターの正統続編は、
エンジェルハートの連載が終わったら(なんとまだ連載中らしい)、
書かれるかも知れない。
いや、北条司には、
記憶喪失で終わってしまった瞳、という終わり方でない、
キャッツアイの最終回を描いてほしいなあ。
(ついでに北斗も修羅の国編後をちゃんとしてほしいねえ)
お話には、無限の選択肢がある。
テヅカチャートに慣れれば、
現時点が複数の可能性の重ね合わせに見えるし、
未来の重ね合わせもある程度見え、
その後ドツボにはまりそうな選択肢も勘づくようになる。
そのセンサーが働くようになったら、
途中で挫折することも減るかも知れないね。
テヅカチャートは、要するにストーリーの可能性の全探索を人為的にやることだ。
無意識に選んだ次の展開よりも、
面白い展開があり得るかを、
人為的に越える訓練でもある。
それを未来方向、過去方向両方に拡張しているところがユニークである。
どのルートが一番面白い話になりそうか。
脚本の初期段階、中期段階、リライト段階で、
選択肢を広げ、試行錯誤してみるのは、
リアリティーのある訓練である。
2015年11月03日
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