一本書き終えた気持ちは、書き終えた人にしか分からない。
完結童貞は、これを味わったことがないのだろう。
大作を書き終えると、何やら脳細胞が再配列されるような感覚になる。
ホルモンバランスが変わったり、
シナプスネットワークが変わるのだろう。
僕は、受験が終わったあとの感じにたとえてみよう。
受験のあとは、とても賢くなった気がする。
世界の見方が少し変わり、
書く前では考えられなかったような、
世界の見方になるものだ。
もしもう一度受験をするとしたら、
倍賢くなれるような全能感がある。
(僕は一浪の春、そう思った。
実際にはドラクエ4とウィザードリー1で春休みを潰し、
賢さを失うことになる)
学問や世界の構造が少しわかり、
今なら解説本でも書けそうな勢い。
悟りをひらくのも、こういう感じだろうか。
マラソンを終えたあとの多幸感も、こんな感じだろうか。
脳細胞がカチャカチャと再配列され、
自分の中の何かが再構成されたようになる。
「代表作は次回作」という感覚は、
同じことをもう一度やるとしたら、
もっと効率よく、賢く出来るだろうという確信のことである。
それはつまり、
一本書くと、脳が成長するのである。
滝の修行とか、武道の技を一個マスターするとか、
そういう体感覚の変化に、僕は近いと思う。
経験は人を変える。書き終えたという行為においてもだ。
もしあなたがずっと下手なのだとしたら、
数本しか完結していないからだ。
短編百本完結、または長編二本完結。
どっちかを完遂すれば、確実に変わるよ。
2016年02月03日
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