2016年09月02日

つなぎのシーン

殆どのシーンは、つなぎのシーンである。

「全てのシーンでは事件がおき、
何らかの変化が起きなければならない」
なんて言う教科書もあるけど、
僕はそうは思わない。



何故なら、ほんとに大きな事件は、
物語のなかで数えられる程度だからだ。

勿論全てのシーンで小さくとも事件がおき、
何らかの変化をするのだが、
それは結果であり、目標ではないと考える。

全てのシーンで事件を起こさねば、
と焦れば焦るほど、事件のネタがすぐに尽きてしまう。
次から次に面白い事件を起こして、
未解決事件の山になってしまう。

物語のなかで「本当に面白い事件」は、
大抵冒頭と中盤にいくつかと、クライマックスあたりにしかない。
それは選り抜き、徹底的に選り抜かれるべきである。
インパクトがあり、意外性もあり、
他に似たものがなく、
他から明らかに目立つものであるべきだ。
そこさえしっかり出来ていれば、
他のシーンはつなぎだと考えると良いだろう。

そうでないと、骨格を見失うことになる。
どれが大事かが骨格で、
目の前のことはただの進行の砂かぶりである。
勿論、砂かぶりは砂かぶりなりに面白くあるべきだけど、
大と小を混同するべきではない。

場繋ぎのトークを想像しよう。
そんな感じだ。
そのトーク内に重要な部分が一切なければ、
ただの消えてなくなるものであるが、
重要なことがひとつでも含まれていれば、
場繋ぎはその重要へ至る導線、という役割を持つことになる。
であるならば、
場繋ぎは温度を暖めるだとか、伏線を張るだとかの、
役割を持つものである。

その役割なりの、小さな事件と変化があれば、
次へ結果的に繋げるわけである。

殆どのシーンはつなぎのシーンである。
そう思って、重要な所のシーンだけを抜き出して、
プロットを俯瞰してみるといいだろう。
posted by おおおかとしひこ at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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