2016年09月07日

オンで見せることと、オフで見せること

たとえば「沢山の本を読む努力をする」というシーンはどう書けるだろうか。
大きくふたつある。


ひとつは、「本を読む」ショットを沢山重ねていく方法である。
アップや、その努力している真剣な顔、朝昼夕と、時間帯を変えて。
積んでいた本が徐々に減っていくなんてカットもあるかも知れない。

もうひとつは、
「沢山積んだ本の、最後の1ページを読み終えた瞬間」を描くことだ。
机に沢山済んだものが置かれたことで、全てを読み終えたことが示せる。

当然だが、前者より後者のほうが頭のいい、スマートな表現法だ。

前者をオンで表現する、後者をオフで表現する、などという。
(オンオフは色んな用例があり、他のことをオンオフで表現したりもするので注意。
たとえば仕事で読むならオン、休暇で読むならオフ、という世間一般の言い方もあるしね)

当然だけど前者は撮影の手間もかかる。
カット数も増え、様々な時間帯を照明でつくらなければならない。
それだけで一日仕事だ。
ところが後者は、ワンカット撮ればいいだけになる。
効率というか、省略の面白さである。


オンで描いてもたいして変化のないものは、こうやってオフで描くのがよい。
修行とか、デートとか、売れていく過程などは、よくそういう省略が行われる。
つまり、
本を読んだ努力よりもその本で得た何かを発揮する場面や、
修行の苦労よりもその成果を示す場面や、
デートのトキメキよりもそのあとのケンカの場面や、
売れてゆく快感よりもそのあとの転落のきっかけの場面に、
力(それは資金、時間と直結する)を注ぐことが出来る、というわけだ。

うまくオフに省略することは、脚本家にしか出来ない。
それは、何を大事にしたうえでそこを省略するか、
省略の仕方のエレガントさ、などを決めなくてはならないからだ。


何かを描くのに、それを馬鹿正直に書くのはまだ二流だ。
省略によって描くことも可能である。
本体を描くのに地面に落ちた影で表現するようなものだ。

そういうのを、練った表現という。
posted by おおおかとしひこ at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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