前記事の続き。
チートは麻薬である。
たとえばバトルのインフレや、
天才の覚醒や王族の血は、チートだ。
しかしこれはいずれ破綻する。
連載漫画はチートの期間が長いほど儲かる。
結末なんて最終巻だけだから、
それがどう結論づくかなんてどうでもよく、
チートで売れることだけが目的だといってもよい。
これは商売上の立場だ。
作品的な完成度や意義などはどうでもよいと考えるなら、
チートという麻薬を使うとよいだろう。
いわばドーピングだ。
カンフル剤にも使うことがあるよね。
ところが一回勝負の映画では、
結論まで含めて作品だ。
チートの破滅を避けなければならない。
(チートして破滅、ということを正面から描いたものに、
「レクイエムフォードリーム」という最悪映画がある。
文字通り麻薬の話だ。チートの結末を知るには丁度いい。
この胸糞は体験しておくべきだ)
そこで、
映画では大抵二幕を上手に使う。
二幕は非日常のスペシャルワールドである。
そこでチートを演出するわけだ。
全能感やワンダフル感をくすぐるといい。
二幕前半で恋の進展があったり、
世界にポジティブに関わる感じがあったりするのはその為だ。
(例:マトリックスでは、カンフーをマスターしたり空を飛べるようになる)
三幕のラストに日常に帰還することで、
主人公はそのチートから決別する。
理想は、
チートを使わなくても、
もとの日常に対処していけるようになることである。
一般にこれを成長というわけだけど。
チートは魅力的な麻薬だ。
だからこそ、うまく使い、うまく決別しなければならない。
たとえば、
北斗の拳やドラゴンボールは、その麻薬で破滅した作品である。
スラムダンクはうまく逃げ切ったね。
バガボンドはどうなるか不明だ。
ロッキーも5のリハビリがきつかったねえ。
一発屋は、
大抵そのチートの新しいパターンを発明した人であり、
かつそのパターン以外を発明できなかった人のことではないかなあ。
2016年10月03日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

