さっき銭湯の待合室でテレビを見てたんだけど、
「関ジャム」にミュージカル俳優が出ていて、
「歌は台詞」という、
僕の考え方とまったく同じことを言っていて、
なかなか興味深かった。
さらに技術論で実演してくれて、
台詞から歌に入るとき、
台詞と歌を分けてしまっている、という例、
台詞から歌が連続した声色になっている例、
の二つを明快に演じ分けてくれて、
なかなかに良かった。
ミュージカルで何故突然歌うのか?
とタモリがよくいう。
それは、突然歌に入ってしまった、
下手くそなミュージカルしか見たことがないんだね。
本当のミュージカルというものは、
台詞からいつの間にか歌になっていて、
歌に入ったことすら気づかないものだ、
と彼も言っていた。
歌は台詞の一部である。
台詞は歌の一部である。
メロディがついてる台詞こそ、ミュージカルだということ。
さらに、
「いい歌は、歌が終わったときにストーリーが進行している」
とも彼は言っていた。
台詞の応酬なんだから、当たり前だよね。
逆に言うと、歌のシーンが、
台詞を応酬してストーリーが進まない、
停滞したシーンになっているとしたら、
それは下手くそな脚本だってことだ。
ミュージカルだろうがそうでなかろうが、
脚本の原則はつねに同じだ。
同様のことは、
アクションシーンでもラブシーンでも、
ダンスシーンでも言えること。
それらは特別な何分かの枠を提供するのではない。
それは全部台詞の応酬と同じことなんだ。
だからそれは、ストーリーが進むのである。
台詞を言う代わりに、弾丸をばらまいたり、
台詞を言う代わりに、車で突っ込んだり、
台詞を言う代わりに、キスしたり、
台詞を言う代わりに、腰を抱き締める。
映画とはそういうこと。
2017年09月18日
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