伏線なんかなくてもいいよ。
それで面白いのが、実は至高だと思う。
伏線は、唐突なご都合主義を防ぐためにある。
つまりどちらかというと、
予防線なんだよね。
「押さないでください。
押すと熱湯に落ちます」
と予防線をはっていれば、
ドンと押されて落ちても、
「やっぱりな」という笑いが起こるわけだ。
この予防線がないことを想像しよう。
熱湯風呂の上で、
いよいよ飛び込まなきゃいけないシチュエーションで、
急にだれかが後ろから押して、結果落ちたとしよう。
これはアクシデントなのか、いたずらなのか、
咄嗟には判断できないはずだ。
え?今何が起こったの?と、
唐突感にびっくりしてしまい、
パニックになり、
状況把握に精一杯で、
理解した時には笑う所は過ぎている。
つまり、予防線は、
理解を先にさせておく役割がある。
もし唐突なことが起こっても
(そして起こるのだが)、
それにびっくりするよりかは、
理解が先行するように、
予防線でコントロールできるということだ、
そもそも、
唐突になにかを起こすべきではない。
勿論、あまりにも意外な展開になり、
びっくりさせて思考停止することが、
ストーリーに是非とも必要ならばそうするべきだ。
しかし必要のない唐突は、
混乱させ、本来の意図を伝えるのが遅れることになる。
その唐突ギリギリのラインで、
上手に驚かせたり感心させられるのがベストだが、
下手な人ほどそれができず、
ついつい唐突のご都合主義に、
結果なってしまう。
そうなるくらいなら、
上手に伏線を張り、
目的のところへリードしてゆくのが、
技術というものだ。
前振り、予防線、伏線、
などと微妙に言葉や概念が変わるかも知れないが、
どれにせよ、
後々のご都合主義的唐突感を減らし、
理解を促進させ、
ノリを継続させる、
という役割においては、
どれも同じである。
つまり、
伏線を張る時は、
あとで唐突になにかを起こそうとしている時だ。
物凄い早い展開の、
猛烈な面白さの時に、
バーンと起こるなにかの為に、
伏線は張るのである。
つまり、伏線だけ張ったって何の意味もないし、
伏線なんてなくて、
自然な展開になっていくほうが、
ベストはベストなのだ。
ただそれをパーフェクトにすることは難しいから、
伏線の力を借りているだけの話である。
「ようし、今日は伏線を張ろう」と思って伏線を張るのは、
間違いだ。
「むむ、あとあとこれをしたいので、
今伏線をうまく張らなければ」が、
正しい伏線の張り方で、
「伏線なしにうまく出来ないか」と考え始めるのが、
上級者の入り口かもしれない。
2018年02月01日
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