2018年12月01日

物語を人生シミュレータだと思ってはいけない

そう思うと、あなたの人生をそこでやり直している気になってしまう。

物語は、あなたの人生のシミュレータではない。
「こういうところにこういう人がいて、
こんなことが起こったらどうする?」
が物語だ。

まるで人生のシミュレータだなあ、
と思えるのは、その(あなたのものではない)人の人生が、
リアルに(本当に実在するかのように)描かれているからに過ぎない。

人生のシミュレータなのは結果であって、
目的ではない。


勿論、入口が「もし俺がこんな人生だったら」
と夢想することはよいことだ。

しかし、そこから完成に至るには、
まだまだ段階を踏んでいかないとだめなのだ。

人生のシミュレータなんて考えていると、
取材はしないし、
プロットを練れないし、
色々改造してみてどのバージョンがいいか客観的に突き放したりできないし、
俺の人生経験で説教してやろうと思うし、
他人の感ずるリアリティではなく、
俺の感ずるリアリティだけになってしまう。

物語の目的は人を引き込むことであり、
人に押し付けることではない。

御都合主義になっていると感じたら、
何のためにこれを書いているかを思い出すことだ。

俺の架空の人生のシミュレータを書いているのだとしたら、
それは入口の浅瀬の物語しか書けないだろう。


自分を消したところ。

その人物と世界が存在する、
あなたのいない場所で、
その物語は息をしている。
posted by おおおかとしひこ at 15:20| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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