2019年07月07日

設定は、そんなに多く持ち込めない

物語のメイン設定部は、
映画だと序盤の30分が勝負だ。
しかも30分まるまる設定をしている物語は、
とても退屈だから、
ほとんどはストーリーの導入を進めながら設定をすることになる。
ということは、そんなに多くの設定を、
物語中には盛り込めない、と、原理的に理解できる。


実際のところ、何分設定に費やし、
ストーリー部分が何分あればバランスがいいかは、
数字的には分かっていない。

極論すれば、30分設定しかせずに、
ひとつもストーリーが始まらないなら、
それは詰まらない話だということは分かるだろう、
という程度だ。

さらに極論すると、スターウォーズは、
冒頭に設定を羅列することで、
すぐに本編を始まらせる手法を取った。
わりと昔の映画にはこういうものがあった。
戦争ものの政治的背景など、
「一発で説明する絵を撮ることが困難なもの」
については、ナレーションやタイトルでごまかしたものだ。

当然のことながら、
これらの目的は、
「本編に集中させる」ためのものであることに注意されたい。

設定するために設定があるわけではなく、
本編を楽しむために設定はある。
本編で使わない設定など、設定としては二流だとすら僕は考えている。
(だから設定の山であるファイブスターストーリーは、
ストーリーとしては二流だ。
まあそもそもはエルガイムの裏設定集からスタートした出自があるのだが)


で、本題だが、
ということは、
物理的に、本編に持ち込める設定なんて、
ごくわずかだということだ。

具体的には、全部集めてせいぜい数分ぶん、
原稿用紙数枚分くらいしか、
設定をすることが出来ない、
と考えたほうがいいだろう。

もしあなたの考えた設定が膨大で、
それ自体が面白かったとしても、
それはあくまで背景に過ぎず、
本編を邪魔するだけの存在になってしまうことに注意されたい。

バックストーリーを凝りすぎて、
本編よりも魅力的になってしまうことは、
初心者にはよくあることだ。
(スターウォーズで言えば、
バックストーリーであるはずの、
ダースベイダー誕生だけで123を作ってしまったのだからね。
まあ123が面白くなかったので、
ストーリーテラーとしてのルーカスの実力は、
信用なくなったわけだ)

それは、設定が多すぎるからだ、
と自戒したほうがいい。

スターウォーズは設定集としては金を稼げるかもしれないが、
物語としては三流の出来だ。
(設定集だけで稼ぐ商売なら沢山ある。
宗教はその最古のひとつである)

商売としての設定集を作ることは止めないが、
それは物語そのものを面白くすることに、
何の貢献もしていないことは、
自覚しておいたほうがよい。

なんせ、
設定を持ち込めるのは、
原稿用紙数枚分なのだ。


ちなみに、長い小説ならば、
それらの分量が多くなるだろうか?

僕は違うと考えている。
映画の二時間の尺を、小説の尺に拡大した分の分量しか必要ではないと考えている。
枚数ではたしかに設定の量は増えるが、
それ以上に本編の量が増えていることに注意されたい。


つまり、僕の考えでは、
「あるストーリーを話すのに、
必要な設定の分量は、本編のパーセンテージで示される」
ということだ。

膨大な設定を出すこと自体、
ストーリーを書く気がないのだ、
とすら言えると思われる。


指輪物語はトールキンの学術レベルの設定で有名だが、
映画を見る限り、
そのストーリーにはたいした魅力がなかった。
何が面白くてこの物語を見ればよいのか、
まったくわからない。
主人公に魅力はないし、キャラ設定の出落ちばかりで、
特撮の出来を楽しむ動く看板に過ぎなかった。
(小説のストーリーがもしとても面白いのなら、
教えてください)

あなたのストーリーはどうか?
学術的に価値ある設定の披露の場であるならば、
面白いストーリーにはならないだろう。
なぜなら、
設定に尺ばかり取られて、
本編の分量が短いからだ。
(「we are little zombies」は、四人の設定だけで何分かかっていたというのだ。
そしてそのあとのストーリーは、面白かったか?
バンドデビュー→解散→ロードムービーの、
15分で終わる程度のストーリーしかなかったぞ)


本編がノー設定でいけるなら、
純度が100のストーリーが書けるかもしれない。
それくらい、設定なんて意味がない。

一々設定を語られるのは、
観客にとって苦痛だと、観客にもどって考えれば分かることだろう。



「あるお話を語るのに、
必要な設定の分量は決まっている。
それは全体の長さの10%だ」
と仮説の形として提出しておく。


つまり、あなたが妄想して作り上げた、
ほとんどの設定は、
本編に使われることなく、闇に葬られる。

やべえ、設定が足りない、
くらいがちょうどいい。
書き足していく程度のほうが、
ストーリーが走り出している。

(もちろんライブ感だけでやると、破綻や矛盾がすぐ起こる。
プロットを組み、リライトを何回もやることで、
それは防げるだろう)


多すぎる設定は物語を縛る。
炎上を避けるための詰まらない物語のように。
posted by おおおかとしひこ at 16:00| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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