前記事の続き。
前記事は一般的なゲームと映画の話だ。
今回は数あるゲームの中でも、
特別ストーリー性の高い、FF8と並ぶ出来のDQ5だ。
親から継がれた思いや、
結婚の二択や、
子供達のこと、
これらのストーリー性が特に評価された作品。
映画化というからには、このストーリー部分を強化して、
映画レベルのシナリオを構築することが、
みんなの期待する「ドラクエの映画化」だろう。
そうじゃなかったらしいんだな。
これは今後の日本のフィクション史を左右しかねない、
物凄い愚行なので、
きちんと批評したい。
続きは見てから書くかもしれない。


単体でどれほど良いシナリオでもゲーム内容と完全に乖離していてはゲームシナリオとしてはダメなような気がします
それと、大岡監督の考える理想的なシナリオというものは、映画や小説等だけでなく(ジャンルにもよるでしょうが)ゲームでも成立すると思いますか?
ゲームのシナリオについて、僕は考えたことはありません。
ストーリー性の高いゲーム、
僕のやった中でいうとドラクエ、FF(とくに8)ならば、
映画の脚本理論に近いと思われます。
ただゲームシステムをうまく使い、
システムとシナリオが、卵と鶏のような関係になっているのは、
理想だとは思いますね。
ゼルダや悪魔城(スーファミまで)は比較的そうだと思います。
僕が社会人になったのがポリゴン以降なので、
そこからはちゃんとやってないのでこれ以上はわかりません。
ワンダと巨像は大好きでクリア動画を最後まで見ました。
FFがおにぎりを作り込んでいること程度には情報は入れています。
また、ゲームと映画などの違いは、
第四の壁があるかどうかと考えます。
(詳しくはさっきドラクエ批評で書いときました)
舞台と観客のたとえでいえば、
ゲームは観客が舞台に上がってしまっているので、
方法論は似て非なるものになると考えます。
ロールプレイングゲームとは、
本来演劇のエチュードですからね。
実は以前好きなゲームの新作のシナリオが酷すぎてショックを受けた事がありまして
今回のドラクエ騒動でそれがフラッシュバックしてきてつい質問してしまいました