前記事の続き。
二者ABの目的を、三者以上に拡張して考える。
三者のその時々の小目的を、
Pn、Qm、Riで表す。
これは必ずしも三人の人物、ABCでなくても構わない。
一人の中で、
「仕事と彼女どっちが大事か」
なんて、矛盾した目的が存在することもしょっちゅうだ。
今目の前にある事態が、
何を優先させるべきかを問うてくる場合すらある。
わかりやすくするために、
「クリスマスイヴ、残業」というシチュエーションを考える。
2400までに終わらせて彼女の元へ向かうべきか、
終わらない残業を放り出して会社を倒産させるのか、
そんな天秤を作れば良い。
こうすると、PかQかなんてことの二択にならずに、
「彼女を会社に呼ぶ」というウルトラCを思いつくことも可能になる。
Pnを満足させ、かつQmを満足させるための、
条件や行動こそがストーリーになるわけだ。
同様に、彼女の目的Riを、
「彼とデートすることにより、
会社の秘密を探るスパイ」だとすれば、
この、
「会社に彼女を呼ぶ」というストーリーは、
3つの目的の運命の糸が絡んだことになる。
同様に、
ABCの三者の目的、Pn、Qm、Riがあったとして、
「Pnを叶えるためには、Qmを叶えなければならず、
しかしRiは叶えられない」
などの状況を発生させることができる。
このとき、Qmを止めるためにPnを諦めるのか、
Riを止めてまでPnとQmを通すのか、
などの複雑な状況判断を作ることが可能になる。
さらに四者、五者になればさらにだ。
P1、P2…と順番にやるだけでは、
単純なストーリーにしかならない。
運命の糸がもつれて行くとは、
複数の目的を叶えようとするそれぞれのストーリーラインで、
それぞれの目的がこのような複雑な拮抗をすることを言う。
だからストーリーとは、
全員が幸せになることは出来ない。
誰かが笑い、誰かが泣き、
誰かが苦い思いを受け入れる。
これの繰り返し、変転こそがストーリーであり、
最終的に全員が笑い、
悪役だけが泣くのをハッピーエンドというのに過ぎない。
(そしてそれが理想だ)
このような、
小目的同士の絡み合いをいかに作るかが、
場面力だと思う。
それを新しい絵で作れたとき、
新しいストーリーになると僕は考えている。
つまり運命とは、
複数の線を走るピタゴラスイッチのような、
理系パズルに似ていると僕は思う。
あちらを立てればこちらが立たずのシーソーを、
どううまく作るのか、
どういう行動でどういう結果を出すのか、
そしてそれがどのようにシーソーのバランスを変えるのか、
そしてまたいつN者が集まり、
あちらを立てればこちらが立たずの状況になるのか。
これらを組むことが運命のタペストリーを編むことで、
結果、数奇な運命と呼ばれることになるだろう。
2020年01月27日
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