2020年02月16日

車は密室

と考えるとうまくいくこともある。


喫茶店で話す、面と向かって立って話す、
などの対面で話すより、
ずっと親密な深い話ができる。

部屋で話す、電話で話す、
などのプライベートな空間よりも、
他人としての緊張感をもったまま話せる。

対決でも、密着でもない距離感が必要な時、
車の中で話すのは手だ。


運転手と助手席、運転手と後部座席、
後部座席同士、など、適宜関係性があってよい。
完全なアイコンタクトが出来ないから、
ルームミラーを小道具に使える。

動く密室だけでなく、
止まった密室としても使える。
逃げ込んだ逃避場所にもなる。


歩きながらどこかで話すのもいいが、
車の中の距離感は違う。
不思議な緊張とリラックスがある。


近年の車の中の会話で思い出すのは、
「スパイダーマン: ホームカミング」での、
彼女の父親がピーターを送り届ける場面だ。
あそこは映画史に残る、最高の場面だったと思う。
(あとで聞いたのだが、
信号待ちの時、信号の色が父親の顔に反射して、
彼の気持ちを表現している演出だったそうな。
なるほど良く出来ている)

これは家のソファでも出来ないし、
歩きながらも出来ないし、
電車でもバスでも映画館でも出来ないと思う。

車の中の密室感は、だから特別な関係である。


僕は車が必要な生活をしたことがないので、
あまりそれを思いつくことは得意ではない。

しかし、いつもと違う毛色の空間が欲しいな、
と思ったら、車の中を使うことにしている。

どこへ向かう途中なのかさえ設定すれば、
あとは待ち時間のようだ。
必ず自分の心を吐露し、
関係が一段進む(壊れることも含み)場面を書けると思う。


ロードムービーは景色を変えているから、
運動や移動を感じるが、
実質は車の中の密室劇であるかもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 23:55| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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